第15話 料理人、最初で最後のキッチンカー販売

「いらっしゃいませー! はい!」

「いらっしゃい――」

「声が小さい!」


 不貞腐れた態度のゼルフに俺は喝を入れる。

 あんなに並んでいたお客さんが一気に遠のいてしまった。

 せっかく肉巻きおにぎりでの匂い作戦も一瞬にして失敗に終わった。


『残ったらオイラが食べるぞ!』

「全部売るから白玉の分はないぞ……?」

『クゥ……クゥエエエエエエエエエ!』


 白玉に祈りを捧げる人は集まったが、肉巻きおにぎりを買うものはいなかった。

 客寄せパンダ……ならぬ客寄せコールダックだったが、売り上げには繋がらなかった。

 人のせいにしているが結局俺に商売のセンスがなかった。ただ、それだけだ。


「なんか可哀想になってきたわ。兄ちゃん、それを一つくれ!」

「ありがとうございます!」


 元は門番の男が俺たちを悪魔と言わなければ、こんなことにはならなかったはずだ。

 そんなことを思いつつも、俺は笑顔を崩さずに肉巻きおにぎりをパックに2個入れて渡す。


「なんだこれ……?」

「えっ……、何かおかしかったですか?」

「いや、こんな透明な皿を見たことがなかったからな」


 まさかただのプラスチック容器に興味を示すとは思いもしなかった。

 この世界にはプラスチックが存在していないのかもしれない。


「それよりも美味そうだな」


 男は豪快に肉巻きおにぎりを掴むと、口の中に入れる。

 そういえば、箸とかフォークを渡していなかったな。


「うっ……うんまっ! なんだこれ!」

『ハルトの料理は悪魔的に美味しいって言ったぞ!』

「これであいつも虜だな」


 ゼルフと白玉は頷きながら男を見ていた。

 男も手が汚れているのが気にならないのか、そのままペロリと完食してしまった。


「もう一つくれないか?」

「おいおい、金を出さねぇで何を言ってるんだ? その前に金だろ?」


 ゼルフが金を巻き上げるチンピラにしか見えない。

 ただ、お金をもらい忘れていたからちょうどよかった。


「兄ちゃん、これいくらだ?」

「えーっと……」


 正直、この世界の相場がわからない。

 日本円と同じぐらいの値段で問題はないのだろうか。

 2つで200〜300円で作れそうだから、500円以上が妥当だろう。


「600……」

「600ルピはさすがに安くないか? この辺の飯屋でも1000ルピぐらいだぞ?」

「んー、なら1000ルピでいいですよ!」

「この味ならお得だな!」


 男は嬉しそうに銀色の硬貨を二枚出した。

 きっと硬貨一枚が1000ルピなんだろう。

 ゼルフを見ると、特に何も言ってこないから間違えではないようだ。

 俺が世間知らずなのをゼルフは知っているからな。


「ただ、物の相場を教えてもらえませんか? 例えばさっき言った1000ルピで買えるご飯とか……」

「あー、この辺に来たことなければわからないよな。1000ルピで買えるのは、魔物の串焼きセットぐらいだ」


 どうやら焼き鳥のような詰め合わせが1000ルピで売っているらしい。

 肉巻きおにぎりの方が炭水化物で胃には溜まりそうだが、お得なのは魔物の串焼きセットのような気がする。

 町に入ったら一度確認しないといけないだろう。

 それでも初めてキッチンカーで手に入れた売り上げに少し嬉しくなる。

 山にいた時は、こんな経験はもうできないと思ったからね。


「おっ、こんなところで良い匂いがしてるな」


 今度は鎧を着た男二人が町に帰ってきた。

 ただ、門番の男とは着ているものが違う。


「外で店でも始めたのか?」

「ははは、匂いに釣られて魔物も寄ってきちまうぞ!」


 そう言いながら、視線は門番に向いていた。

 肉巻きおにぎりが気になるのだろう。


「お試しで食べてみます?」

「はぁん!?」

『クゥエ!?』

「「いいのか!?」」


 様々な声が聞こえてくる。

 俺はゼルフと白玉を睨みつけると、シュンっと落ち込んでいた。

 自分たちの分がなくなると思ったのだろう。

 きっとそこまでは売れないから問題はない。

 たくさん食べる一人と一匹のために、大量におにぎりを作ってあるからな。

 朝から10合以上のお米を炊くとは思わなかったぞ。


 俺は肉巻きおにぎりを一口サイズに切って、お皿に載せた状態で渡す。


「うんっま!」

「こりゃー、冒険者が好む味だな!」


 どうやら門番だけではなく、この世界の人に合う味付けなんだろう。


「冒険者って――」

「ああ、俺たちみたいな野蛮そうな奴らのことだな」


 冒険者と名乗る男は笑っていた。

 何でも体を使って働くから、現場仕事に近い職業なんだろう。

 ちなみに門番は冒険者ではなく、国や町に雇われているって言ってたから、警察官のような公務員に近いのかな。

 ただ、汗水流して働く人たちが多いなら、濃い味付けの料理が流行りそうだ。

 そういえば、ゼルフも濃い味付けを好むし、剣も扱うから似たような仕事をしていたのだろうか。


「休憩のために帰ってきたけど、もうひと頑張りしてくるか!」

「また作ってくれよ!」


 肉巻きおにぎりを渡すと、嬉しそうに再び外に働きにいった。

 よく動く仕事なら汚れないようにと、ラップに包んでからパックに入れて渡したが、門番に続いてまた驚いた顔をしていた。

 ラップもこの世界では珍しいのだろう。

 ただ、これがきっかけになったのか、腹を空かせてた冒険者が次から次へと町に帰ってきた。

 時間帯的にもお昼頃だからお腹が空くのだろう。


「おい、俺たちの分はあるのか?」

『そうだ! そうだ!』


 ずっと冒険者の対応をしていたからか、存在自体を忘れていた。

 ゼルフなんてお腹が空いてきたからなのか、無愛想に磨きがかかっている。


「これで終わりにしようか」

「うっし! 飯の時間だな!」

『オイラも待っていたぞ!』


 ゼルフと白玉の喜んだ顔を見たら、力がスーッと抜けてくる。

 初めてキッチンカーで販売をしたが、自然と力が入っていたのだろう。

 それに異世界だからちゃんと売れるかわからなかったしね。


 今回は冒険者たちと直接会話ができてよかった。

 また買いにくると言われた時は胸が苦しかったが、このキッチンカーも最後の力を振り絞って頑張ってくれたのだろう。


「短い期間だったけどありがとう」


 俺は優しくキッチンカーを撫でる。

 

 売り上げは全部で13000ルピ。

 計13パック、26本の肉巻きおにぎりを売ることができた。

 最初で最後のキッチンカーでの販売を俺は無事に終えた。

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