クトゥルフ短編集08 冷たい星のレクイエム ~亡き王女と狂気の考古学者~
NOFKI&NOFU
第1話 冷たい星の目覚め
「——何だ、この『色』は? この世の色彩じゃない」
土と埃。そして、遠い宇宙の深淵に似た、数万年の時の澱が満ちる地下空間。考古学者、穴吹・ケイタ(35歳・独身)は、ゴツい発掘用グローブ越しに、全身を制御不能な震えで襲われた。
長年の勘と、古代文献の僅かな記述を頼りに、ケイタは人跡未踏の砂漠の地下深く、この遺跡の心臓部にたどり着いた。誰も知らない、「冷たい星」の文明が眠るとされる場所。
彼の眼前には、地球の物理法則(重力)さえも否定するような、青白く脈打つ石棺があった。それはまるで、夜空の星屑を無理やり固めたかのような、異質な、そしてどこかおぞましい輝きを放っている。
(地球のものじゃない。この造形、この素材……これは『ヴーアミ族』か、あるいはそれ以上の『古のもの』の遺物だ。ああ、この狂気、たまらない!)
純粋な知的好奇心と、すでに狂気の淵にある探求心が、危険を顧みずにケイタを突き動かした。彼は解析済みの異星言語で記された起動コードを、歓喜に震える指先で入力する。
ギ、ギギギ……。
石と石が擦れる音は、まるで世界の外側から扉が開くかのように重苦しい。
蓋がスライドし、中から立ち上ったのは、甘美で、しかし魂を凍てつかせるような濃密な異臭。そして、ケイタは「それ」を見てしまった。
石棺に横たわる、想像を絶する、非現実的な美貌。長く白い髪は絹糸のように流れ、薄青い肌は透き通って血管さえも神秘的に輝いている。若く麗しい、二十歳そこそこにしか見えない女性。彼女こそが伝説の「冷たい星」の王女、イシュアだった。
王女の薄い瞼が、ゆっくりと開く。その瞳は、石棺と同じ、青白い星の残光を宿していた。それはケイタの正気を遠ざける、冷たい、しかし蠱惑的な光だった。
「……光。ああ、汚れた、地上の光……」
イシュアは、何万年の眠りから覚めたように、掠れた、しかし聴く者の魂を惑わす声で呟いた。
研究対象を超えた、存在そのものへの恋情。それは、太古の叡智に触れた者の末路——狂気の愛となって、一瞬でケイタの心を囚われた。
ケイタは思わず膝をついた。それは、権威への敬意ではなく、狂愛の前に屈した者のポーズだった。
「王女……! 私は、現代の考古学者、穴吹・ケイタと申します。あなたを……蘇らせてしまった」
イシュアの視線が、遥か時空の果てから、ケイタに焦点を合わせた。
「考古学……。時間を弄ぶ、虚しい冒涜よ。我が名はイシュア。遥か太古に滅びた種族の、最後の末裔……イースの大いなる種族の血を引く、哀れな亡霊だ」
彼女はゆっくりと身体を起こし、まるでこの星そのものを憎悪するかのように虚空を見上げた。
「ここは、もはや星ではない。腐り、淀んだ、おぞましい汚濁の世界。アルカディアが護ろうとした…あの、空を飛ぶ鯨たちが奏でるはずだった旋律は、もはや……!」
その叫びには、文明の滅亡を見届けた、宇宙的な悲嘆が込められていた。ケイタは、自分の胸の中に、抗いようのない共感の波が押し寄せるのを感じた。
(何てことだ。この女性は、数万年の絶望を、その小さな身体に抱えている。神話の悲劇だ。私は、この壮大な悲劇の傍観者ではいられない! 彼女こそ、俺の狂気の探求の終着点だ!)
「イシュア様……あなたのその悲しみ、私には理解できます」ケイタは震える声で、しかし熱烈に言った。「どうか、詳しくお聞かせ願えませんか? 私には、その狂気の真実を知りたい!」
王女は、初めてケイタを正視し、微かに微笑んだ。その微笑みは、地上の何よりも美しく、同時に宇宙の終わりのように寂しかった。
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