第9話 聖女への召喚と、旅立ちの決意

聖女への召喚と、旅立ちの決意


 数日が経ち、街では「聖女が重傷者を癒やした」という噂がすっかり広まっていた。ギルドに足を運べば誰もが一目置くようになり、道を歩けば感謝の言葉が飛んでくる。

 だが、それが必ずしも良い方向ばかりをもたらすわけではなかった。


 その日、ギルドの扉をくぐった瞬間、受付嬢が困った顔でエリザベートとレオナルドに封蝋付きの書状を差し出した。


「え、これは……?」

 封印にはこの街の領主、ダランド侯爵家の紋章が刻まれていた。


「聖女殿。領主様がお呼びです」

 受付嬢は言いにくそうに言葉を継ぐ。

「……近年、領主様は評判が芳しくありません。重税や私欲を優先していると噂され、領民からの信頼も薄い方でして……」


 ギルドの空気がざわめいた。

「領主の召喚か……面倒だな」

「悪い噂ばかりの男だ。利用されるぞ」


 エリザベートは眉を寄せた。

「もし従えば、きっと何かに巻き込まれますわね」

 レオナルドも頷く。

「拒絶すれば、それはそれで目をつけられる」


 対応に悩む二人に、ざっ、と背後から軽い足音が近づいた。


「よう、困ってるみたいだな」


 現れたのは、ギルドの中堅C級冒険者、ピカソンだった。

 どこか飄々とした笑みを浮かべているが、その目は冴えている。


「ちょうどいい。俺たちは今から隣国までの護衛依頼を受けてるんだが……一緒に来ないか?」


「え?」とエリザベートが瞬きをする。


 ピカソンは腕を組み、言葉を続けた。

「この間のことは見てたぜ。あんたは仲間を救った。冒険者は助け合いが必要だ。仲間を助けてもらったら、今度はこちらが助ける番だろ?」


 ギルド内が静まり返る。

 その言葉は偽りなく、筋が通っていた。


 レオナルドが口元を緩める。

「……筋の通った話だな」

 エリザベートもゆっくりと頷いた。

「ありがとうございます。正直、この街を出る理由を探していたところです」


 こうして二人は、領主の召喚に応じず、新たな旅へ出る決意を固めた。


 出発の準備を整えるため、彼らは馴染みの宿へ戻った。

 宿屋の看板娘、ミアが出迎える。


「お帰りなさい、エリーさん! あ、レオさんも!」

 だが二人の表情を見て、ミアは首をかしげた。

「……なんだか、今日はいつもと違う顔ですね」


 エリザベートは少し寂しげに微笑む。

「ええ。ミア……私たち、旅立つことになったの」


「えっ……もう? そんな……」

 ミアの顔が曇る。毎日のように談笑していた客が、突然いなくなる。その寂しさは子供のようにあらわだった。


「私たちはここで大切な出会いを得ました。ミア、あなたのおかげで心が休まりました。だから、ありがとう」


 エリザベートはミアの手を握った。

 ミアは目を潤ませ、唇を震わせる。

「……エリーさんはやっぱり聖女様だ。だって、こんな私にまで……優しくしてくれるんですもん」


 彼女は涙を拭き、笑顔を作った。

「必ず、また来てくださいね! ぜったいですよ!」

「ええ、約束するわ」


 レオナルドは荷物を担ぎ、エリザベートを振り返った。

「行こう」


 二人は宿を後にする。ミアが小さな手を振り、姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。


 ギルド前には、既に護衛依頼に参加する冒険者たちが集まっていた。

 ピカソンがこちらに手を振る。

「お、来たな! これで戦力は万全だ。頼もしいぜ」


 エリザベートとレオナルドは並んで歩き出した。

 この街に残れば、領主に絡め取られる未来が待っていただろう。だが今、彼らは仲間の手によって新しい道を得た。


 旅立ちの風は強く、空は澄み切って青い。

 エリザベートは胸に手を当て、小さく呟いた。

「この旅路で……きっとまた、人を救える」


 その言葉に応えるように、レオナルドの瞳が静かに光を宿していた。


 こうして、二人は新たな仲間と共に、隣国への道へと踏み出したのだった。

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