卒業式に婚約解消された聖女エリザベートは、追放された剣聖の元婚約者を追いかけるために勘当されて、旅にでる。
山田 バルス
第1話 聖女の逆鱗
聖女の逆鱗 ― 転生聖女は推しを追いかける
春の陽射しが差し込む王都の大聖堂には、鐘の音が高らかに響き渡っていた。
今日は魔法学院の卒業式。煌めくシャンデリアと色鮮やかな花々に飾られた広間で、若者たちはそれぞれの栄光を胸に刻む。
その中央で、ひときわ眩しい存在が人々の視線を集めていた。
白銀の聖女衣をまとい、金色の髪と蒼穹を思わせる瞳を輝かせる少女――エリザベート=カッサンドラ。十八歳にして聖女の称号を授かり、神殿長からの祝詞を受ける姿に、会場からはため息すら漏れた。
けれど彼女の胸を占めていたのは、自らの栄誉ではなかった。
心の奥底に浮かぶのはただひとり。
剣聖の名を背負った青年、レオナルド=ベルサーチ。十九歳。王国最年少でその称号を得た稀代の天才剣士にして、彼女の婚約者である男だ。
――あの人と共に歩む未来が、すべての祝福よりも尊い。
エリザベートはそう信じて疑わなかった。
式が終わり、王都の喧噪を背に馬車へと乗り込む。揺れる窓から見える街並みが、どこか遠く感じられた。早くレオナルドに報告したい――聖女になったことを誇らしく伝え、そして彼の隣に立つ資格を証明したかった。
だが、その願いは屋敷に帰った瞬間、無惨にも打ち砕かれる。
応接間で待っていたのは、重々しい顔をした父ピエール=カッサンドラ伯爵。
彼は娘が入室するや否や、告げた。
「エリザベート。王命が下った。……レオナルド=ベルサーチは、反逆の嫌疑により国外追放となった」
空気が止まった。
耳に入った言葉を理解するのに数秒を要した。
「……な、にを……?」
「ゆえに、お前とレオナルドの婚約は解消する。伯爵家の娘として、これ以上あのような男に関わることは許されん」
――解消。
その言葉が、頭蓋の奥で反響した瞬間。ズキン、と頭痛が走る。
意識がぐらりと揺らぎ、視界が白に染まった。
そして――記憶が、あふれだした。
*
私は……日本で働く、ただのOLだった。
毎日満員電車に揺られ、昼休みにはコンビニ弁当を片手に小説サイトを開くのが楽しみで。
その中でも特に大好きだったのが――《剣聖レオナルド物語》。
そうだ、この世界は……あの小説の舞台。
レオナルドは母国ミートンの国王から無実の罪で国外追放され、西の大陸へ旅立つ。
カサマーラ王国、ベルン国、エステリア公国……数々の国を渡り歩き、道中で助けた女性たちを仲間にし、やがてハーレムを築きながら英雄として成長していく。
けれど――。
「……エリザベートは……」
彼女は最初に婚約破棄される哀れな聖女。
王家の思惑で四十歳の国王の側室とされ、聖女としての務めと夜伽の仕事にすり減り、どんどん心を病み、最後は衰弱して死ぬ。
しかもレオナルドが助けに来た時には、もう手遅れで――ただ「過去の女」として語られるだけの存在だった。
……それが、私?
私が、エリザベート?
*
「……王命? 国外追放? そんな馬鹿な!」
記憶と現実が入り混じり、エリザベートの声は怒りに震えた。
「レオナルドは剣聖なのですよ! この国を幾度も救った英雄! そんな人を追放だなんて――信じられません!」
「信じる信じないの問題ではない。事実だ。王がそう定められたのだ」
父の冷徹な声音が胸を貫く。
だがそれ以上に彼女の血を沸騰させたのは次の言葉だった。
「聖女となったお前には、新たにふさわしい縁談を用意する。王家からの申し出だ。近く正式に決まる」
……小説の通り。
このままでは、私は闇落ちルートを歩まされる。
四十歳の王の側室? 仕事と夜の義務? そして死ぬ?
――ふざけるなぁぁぁぁ!!
カッと視界が白に染まった。
次の瞬間、轟音と共に大広間の壁が爆ぜ飛んだ。
「……やってられるかぁ!」
雷光が柱を裂き、炎が絨毯を焼き、氷の刃が天井を砕く。屋敷の者たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。
ただ一人、父だけが立ち尽くし、娘を睨み据えていた。
「――っ! お前……正気か!」
「正気? そうよ、これが正気! レオナルドを裏切るくらいなら、私は聖女なんてやめてやる!」
そして心の奥底で叫ぶ。
――私の推しは、レオナルドなんだ。
――彼がいなければ、この物語を読む意味だってなかった!
だから。私は決めた。
原作の哀れな聖女エリザベートにはならない。
私が彼を追いかけて、隣に立つ。彼の旅路に、最初から最後まで寄り添う。
「――勘当だ! エリザベート=カッサンドラ! お前は今日をもって我が娘ではない!」
父の怒声が崩れ落ちる屋敷に響く。
けれど、不思議と涙は出なかった。
「……望むところよ」
エリザベートは振り返らずに言い放つ。
「父上の娘でなくても、私は――レオナルドの婚約者であり続ける」
焼け落ちる屋敷を背に、彼女は歩き出した。
聖女としての立場も、家も、未来も失った。
だがその代わりに、たった一つの決意を胸に抱いていた。
――レオナルドを追いかける。
――たとえ国が敵になろうとも。
馬小屋に駆け込み、愛馬に跨る。蹄鉄が石畳を打ち鳴らし、夜の街を駆け抜ける。
行き先は国外。王命により追放された彼を追い、必ず再び隣に並ぶために。
風が頬を叩く。髪が乱れる。だが心は揺らがなかった。
闇に沈む王都の灯りを振り返ることなく、エリザベートはただ前だけを見据える。
「待っていて、レオナルド。私はあなたを裏切らない。……そして、あなたの物語を塗り替えるのは、この私よ!」
その声は夜風に消えた。
だが彼女の決意は、雷よりも強く、大地を震わせるほどに確かなものだった。
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