魔王、四天王の子に転生す。

陽真

魔王の死

俺、魔王ヴァロルート・レイ・アマザィは人間が好きだ。

魔物も魔人も人間も種族、その特徴が違うだけで、元を立たせばそう大差ない存在なのに人は魔物や魔人を忌み嫌う。

悪の対象としか見ていない。

魔人たちもまた、人間を我儘で自分勝手な存在としか見ていない。

そんな認識の差が生まれるのはお互いに理解していないからだと思う。

それは甘い考えです。と何度も側近であった四天王たちに諭された。

それでも俺の意思は変わらなかった。


人間とは儚い。

俺たちと違って人間の命なんてあってないようなものだ。

が、その中でも人間は大きく発展してきた。

短い一生の中に多くのものを発明し、進化してきた。

魔族とは長いものだ。

人間と違って長くの寿命を有し、力も人間の比にはならない。

だが、発展という点ではまだまだ未熟な者たちだ。

この二つが互いに協力し合えば、人間が発展させたものを寿命の長い魔族が管理し、人間、魔族双方の後世に残して行くことが出来るはずなのだ。


しかし、そう上手くは行かなかった。

人間とは古代からの因縁がある。

大昔、混沌の時代と呼ばれていた頃、時の魔王は欲深く人間を滅ぼし魔族が頂点に立つ世界を夢見て、人間たちの住む街や村々を襲った。

そして人間たちも応戦し、魔族と人間の関係は悪い方向へと悪化していった。

だから、俺たちを人間が警戒する理由はわかる。

だが今の魔族には敵対心は殆どないのだ。

ないものをあるものとして捉えているから相違の差が生まれる。


俺は死力を尽くしたつもりだった。

人間たちと積極的に関係を持ち、関係改善を推し進めた。

四天王たちはそんな俺の様子に呆れながらも従順に従ってくれた。

そしてやっとある一つの国が俺たちとの関係を見直したいと打診してきた。

眼を疑ったが、本当のことだと分かると、歓喜の声をあげざる得なかった。

この時の俺に言いたいもっと警戒すべきだったと。


その国との会談は俺の住む魔王城で行われた。

高ぶる気持ちを抑えながら使者を待つ。

厳格な魔王を取り繕うことは前日に訓練した。

これから始まろうとしている夢にまで見た理想の完成図は確実に見えてきていた。

が、それは一瞬で儚げに潰えた。

いくら経っても使者が来ない。

扉の外はあり得ないほどに静かだ。

何があったのかと座っていた椅子から立ち、扉に向かおうとしていると勢いよく扉が開き、入って来たのは若い血まみれの青年だった。


「‥‥‥‥っ!」

右手には剣を左手には魔族のものと思われる首を掲げていた。

その魔族はこの魔王城で働く使用人だ。

よく働いていた。

俺の願いに十も百も応えてくれた。

優秀な男だった、のに。

今は首のみで顔はよく見えないが無惨な姿になっている。

「はっはっは!惨めだ、愚かだ。なぁ、魔王。こんなくだらない理想が叶うとでも思ったのか?」

男は俺の顔を見ながらニヤッと笑いながら言った。

「会談に来たのではないのだな?」

「当たり前だろ。誰があんな馬鹿らしいこと本気にするかってんだ。俺はララーズ。お前を倒す者だ。なんだったかな、俺は〝勇者〟なんだとさ」

「そうか、やはり無理なのか。俺は愚かだったのか‥‥‥」

「何を当たり前のことを言って‥‥」

「黙れっ!」

「‥‥‥‥ぅがっ!」

俺はあまり放ったことのない魔王が持つ覇気を青年、勇者にぶつけた。


人間は脆いものだ、傷つけてはいけない。

だが、俺の甘い考えがこの惨劇を招いたことも確かだ。

恨みたい人間を。殺したい人間を。

けど、俺の理性が邪魔をする。

傷つくけたくないと、他の策があるはずだと訴える。

一体、どうするのが正解なんだろう。


「やはりお前は悪だ。人間を、俺を傷つけた。万死に値する。理想なんて所詮、理想でしかない」

「そうだな。理想は所詮、理想だな」

「なんだ戦意喪失したか?魔王は大したことないな」

勇者は俺の様子に嘲笑うように言い、左手に持つ剣を俺の方へ向けた。


そうか、戦意喪失すれば良いのか。

俺はこいつが憎い。殺したいほどに。

だがやはり理性が邪魔をする。

だったら俺も死ねば、相討ちになれば良い。

死は逃げかもしれない。

誰かの大切な人を奪い、呵責かしゃくの念に耐えることもなく、死という闇の中へ堕ちる。

でもそれでも俺は俺がこのまま生きて行くことに耐えられない。

甘えなのは分かっているが、それでも‥‥‥。


「はぁ。勇者よ、お前は俺を討ちたいか?」

「なんだよ唐突に。手柄上げさせてくれるってか?お優しいことで」

「俺は討ちたいか、と聞いている。それ以外の解答は求めていない」

俺は練習した厳格な魔王を演じながら、勇者に語りかける。

「ちっ、あぁ、討ちたいさ。お前を討てば国が金も名誉も女も好きにして良いって言うからな」

「あぁ、そうか。では俺を殺せっ!そのためにここに来たんだろ?長々と話をして時間稼ぎでもしたつもりか?怖いのか?恐怖で足が動かないか?」

勇者を挑発し、俺は勇者が動くように誘導する。

この勇者は舐められるのがとてつもなく嫌なタイプだと思う。

まぁ、魔王である俺を倒しに来ている時点で荒くれ者であるとは思っていたけど。

どうせこの勇者は魔王を討つ為だけの捨て駒でしかない。


「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ!俺が恐怖なんて感じてるわけないだろうが!」

勇者は叫びながら俺の方へ向かってくる。

走ってくる勇者の後ろで側近で、四天王が焦った様子で立っていた。

「魔王様っ!」

「来るなっ!」

四天王の一人が慌てて近づいてこようとしているの俺は強い口調で制した。

聞いたことがない俺の怒号に四天王たちは全員固まったようにその場に立っている。


勇者は四天王が来ているのに気づいていないのか無我夢中で俺の方へ剣を構え走ってくる。

あまりにめちゃくちゃな剣術だ。

基本の基の字もない。

だけどこの際どんなのものでも良い、死ねるのなら、殺せるなら。

「おりゃあっ‼︎」

「「「「魔王様っ!」」」」

勇者は力任せに俺の心臓を刺した背後では四天王が目を見開き同時に言った。

「がゔっ!くっ‥‥‥波炎はえん

「なっ、なんたんだ!ぐわぁぁぁぁぁぁっ!身体が焼けるっ!ぐっばぁっっ!」

勇者が俺の心臓を刺すと同時に勇者を殺すための魔法を勇者の身体に放つと、勇者は苦しんだ後、力尽きたように倒れた。


俺は倒れるのを横目で見ながら、フラフラと倒れ込むように椅子に座った。

その俺の様子に四天王たちが走ってくる。

「魔王様、今すぐに治療を行います」

「良い、治療はするな」

「しかしっ!」

「命令だ」

四天王のうちの一人が治癒を行おうとするが無理やり止めた。

正直、この程度の刺し傷は治癒ですぐ治る。

だがそれではここまでした意味がない。

俺が苦しんで死ななければ完成しない。

「魔王様、理由をお聞かせ願えますか?」

「そうだな、話しておこう。‥‥お前たちの言う通り俺は甘かったようだ。最悪の事態‥‥になった後で気付いたんだ‥‥からな。だから俺はその責任を取ろうと思う」

傷の痛みで途切れ度切れになりながら俺は四天王に理由を話す。


「身勝手ですね、魔王様は」

一人が発すると他の四天王も困った人を見るような目で頷く。

俺の説明で俺がしたいことを理解したのだろう。

「なんとでも言え。あぁ、あの剣は聖付与がされていたんだな。少しヒリヒリすると思っていたが」

「聖付与ですか。ふっ、人間とは我々魔族をどう思っているでしょうね。聖の力が我々魔族が嫌うものではありますが、致命傷になり得るほどのものではないのに。人間の魔族に対する認識は混沌の時代で止まっているようです、魔王様」

「そうだな。魔族も治癒は使うからな。時の魔王を倒せたのは‥‥単に‥‥時の魔王‥‥が治癒を‥‥使うこと‥‥に関して‥‥‥からっきし‥‥だっただけで」

言葉を発することがきつくなってきた。

いよいよ天よりお迎えが来るらしい。


「お別れですか、魔王様」

「その‥‥ようだな。お前たちに最後‥‥の命令だ。人間と敵対する‥‥な。無闇に人間‥‥を殺すな。もし人間が襲ってくる‥‥ことがあれば応戦はせず、防御に徹しろ。だが本当に‥‥ヤバい時は民の命を優‥‥先してくれ」

「「「「御心のままに」」」」

四天王が口を揃えて返事をするのを聞き届けると、俺の目は閉じ、そして意識は遠のいた。

それから俺が死を迎えたと悟るまでそう時間は掛からなかった。

俺は人間と魔族が手を取り合う世界が来ることを願いながら頭の中にある意識を手放した。


♦︎♦︎♦︎♦︎


それで俺、魔王ヴァロルート・レイ・アマザィは死んだ‥‥‥‥はずだった。

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