第3話 第一章 初めての二人きり

第一章 初めての二人きり


放課後の教室は、まだ陽の光が差し込み、机の上に暖かい影を落としていた。

相良陽翔は、窓際の席に座ったまま、ノートに向かって静かに文字を書いていた。

「――ああ、もう少しで提出できるのに……」


鉛筆を握る手が少し震える。そんな陽翔の隣に、突然桐生湊が座った。


「やっと見つけた!今日、一緒に帰ろうって約束しただろ?」

湊の笑顔はいつも通り眩しく、陽翔は思わず目を逸らす。


「え、あ、うん……その、いいよ……」

口下手な陽翔は、心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。


二人は教室を出て、校門までの帰り道を歩き始める。

陽翔にとって、湊と二人きりで過ごす時間は初めてのことだった。

それでも、湊の自然な笑顔や軽やかな会話に、少しずつ緊張がほぐれていく。


「陽翔って、本当に静かだよな。話すときはいつも緊張してる?」

「そ、そんなこと……ない、と思う……」

陽翔は顔を赤くして下を向く。湊は楽しそうに笑った。


「でも、それが可愛いんだよな」


その言葉に、陽翔は胸がドキリとした。

普段なら気づかない、心の奥に小さな暖かさが広がる瞬間。

二人の歩幅は自然と揃い、沈黙も心地よいものに変わっていった。


やがて、二人は夕焼けに染まる公園のベンチに腰を下ろした。

風が頬を撫で、穏やかな時間がゆっくりと流れる。


「……陽翔、今日、楽しかった?」

「うん……楽しかった……」

素直に言えた言葉に、陽翔自身も驚いていた。


湊はにっこりと笑い、ぽんと陽翔の肩を軽く叩いた。

その小さな接触が、二人の距離を少しだけ縮めた気がした。


夕陽が沈む頃、陽翔は小さな声でつぶやく。

――「こんな日が、ずっと続けばいいな……」


その気持ちは、まだ湊に伝わることはなかったけれど、確かに二人の心には小さな芽が生まれていた。

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