崩落事故

 咄嗟に音の発生源へと駆け出した二人は、たどり着いた場所で見た光景に目を見開いた。


 しっかりと組んであったはずの足場が、根本からポッキリ折れる形で跡形もなく崩れていた。崩れた足場の下には、作業をしていた作業員や冒険者が下敷きになって身動きが取れない状況になっている。中には頭から血を流して力なく脱力している人もいて、事態が深刻なのは目に見えて明らかだった。


 二人は視線を交わして、別々の方向へと走り出す。ウィリアムは崩壊が激しい方へ、ルーカスは比較的足場がばらけている方へ、それぞれ怪我人の救助へと向かう。ルーカスは巻き込まれずその場で立ちすくむ、冒険者や若い作業員たちを怒鳴りつけた。


「動けるやつ、誰か一人街に走れ! ギルドに報告して治癒魔法使い呼んでこい! 他のやつは地面に比較的綺麗な布を敷き詰めてくれ! 怪我人はそこに寝かせる! いいか、意識がないやつは奥、軽い怪我のやつは手前、骨折なんかで自力で動けないが意識があるやつは真ん中に運ぶぞ、急げ!」


 ルーカスの指示のもと、冒険者の一人が現場を飛び出していく。他の者も、大慌てで現場に用意されていた天幕などを地面に敷いたり、下敷きになった者を救おうと、上にある足場を除けていく。


 事故現場は混乱に満ちていたが、次第にルーカスの指揮によって落ち着きを取り戻し始める。怪我人を救助する者、救助した怪我人を運ぶ者、運ばれた怪我人の怪我の具合を確認し応急手当てをする者。その場の全員が己に与えられた役割を全うすることで、事故に巻き込まれた人たちの救助は着実に進んだ。


 一方ウィリアムの方は、足場だけでなく、それに巻き込まれる形で崩壊した建物の一部を、持ち前の怪力でどかしていく。人のいない方に瓦礫を投げ捨てれば、ズドンと重い音が響きわたる。


 ウィリアムは意識を集中させ、索敵スキルを展開する。闇雲に瓦礫を除けても意味がない。人がいるであろうところを的確に掘り進めていかなければならない。人命救助の敵は時間だ。治癒魔法は、本人の体力と回復力を前借りして行うのが通常だ。こういった崩落現場で時間が経てば、その分体力の消耗は激しくなる。そうなればいくら治癒魔法をかけても、治りきらずに死んでしまう可能性が高い。


 まだ索敵スキルのレベルがそこまで高くないとはいえ、人がそこにいるかどうかは察知できる。ウィリアムはそこだけに意識を集中させて、瓦礫の中から人を掘り出す。ルーカスの手配で怪我人を運び出すために配置された冒険者を大声で呼び出し、助け出した人を託しては次の捜索に当たった。


 ルーカスは、工事関係者からもらった今日の作業従事者の名簿と、現在消息の確認が取れている者たちの名前を見比べながら、矢継ぎ早に指示を出していた。現在消息確認ができていないのは合計三名。そのうちの一人は依頼主でもあり、ルーカスとも馴染み深い老人であった。老人は現場では最高齢だ。もしも瓦礫の下敷きになっていて、救助に時間が掛かれば、命が助からないかもしれない。


 焦りは禁物、落ち着かなければ助かる者も助からない。そう自分に言い聞かせながら、ルーカスは索敵スキルのレベルを最大限に引き上げ、工事現場一帯の情報を洗い出す。怪我人の泣き声、救助人の怒号、瓦礫が崩れる気配。それらの情報が一気に頭の中に流れ込んできて、洪水のように脳内を暴れ回る。グッと顔を顰めたルーカスは、そこから一つ一つ、不要な情報を遮断していく。今回必要なのは人の鼓動だ。瓦礫の中にある、老人の鼓動。周囲よりは弱々しくて、それでいて居場所が動いていないもの。


 指向性を絞って目を閉じ、人の鼓動を探り当てていく。これじゃない、あれじゃない、と一つ一つ選別する。トクン、と弱く心臓を打つ音がルーカスの耳に届いた。


「いた! 建物の中だ! 奥の、一番崩壊が激しい場所。そこに爺さんがいる! 急いで救助を!」


 ルーカスの叫びに、周囲の人間が駆け出す。示した場所には、先行してウィリアムが瓦礫を掘り返していた。駆けつけた作業員はウィリアムに、ルーカスの言葉を伝えた。


「兄ちゃん! そこに親父がいる! 奥の建物の中だ!」


 ウィリアムはその言葉を聞いて、足元の悪さを感じさせない速さで瓦礫の上を走る。


 建物の中には、ウィリアムが運んだ巨木が大きく横たわっていた。天井の梁として用いたのだが、崩壊と同時に落ちてしまったのだろう。そしてその梁の下に、ぐったりと動かない頭が覗いていた。


「おい! しっかりしろ!」


 瓦礫を飛び越えて駆け寄ると、老人は梁の下敷きになっていた。足が巨木に押し潰され、意識を失っている。咄嗟に脈を測れば、弱々しいが脈拍が指を打った。


 ウィリアムはグッと力を入れ、巨木を持ち上げる。他の瓦礫も積み重なって、運んだときよりも重量があったが、ウィリアムの怪力によってじわりじわりと持ち上がる。


 作業員たちもようやくウィリアムに追いついた。下敷きになっている老人を見て、青ざめた顔で口々に親父と叫びながら僅かに開いた隙間から老人の体を引き摺り出した。巨木の下敷きになっていた足は変形し、肉から骨が突き出しているほどに酷い状態だった。これほどの怪我を治そうとしても、老人の体では治癒魔法をかけても体力が持たない。皆が老人の命を諦めかけるが、一人だけ違った。


「退け!」


 梁を下ろしたウィリアムが、老人のもとに走り寄る。ウィリアムは老人の状態を確認すると、すぐに魔力を練り始める。


「兄ちゃん無茶だ! 治癒魔法じゃ、」


「治癒魔法ではない! 黙っていろ!」


 静止しようとした声を怒鳴りつけ、集中して魔力を大気中から集め、巨大なうねりを作り上げる。


「天にまします我らが神よ。我が対価をここに示す。対象は両足。どうか我が願いを聞き届け賜え」 


 祈るように目を瞑り、老人とウィリアムの体が光に包まれる。ウィリアムは覚悟を決めるようにグッと歯を食いしばり、静かに唱えた。


アガペー無償の愛」 


 目が眩むほどの光が二人を中心に発せられ、そして収縮した。人々が目を開けば、先ほどまで潰れていた老人の足は、何事もなかったように元に戻っていた。しかし一方で、ウィリアムの足からは夥しいほどの血が流れ出していた。


「に、兄ちゃん! あんた何したんだ!」


「大したことじゃない、怪我を私が背負っただけだ。私なら治癒魔法でどうとでもなる」


 そう言いつつも、ウィリアムの顔は苦痛で歪んでいた。自分の足が潰れた痛みを、意識を保ったまま味わったのだ。顔には大量の脂汗をかいており、立つこともできない。ウィリアムは老人とともに救護所へと運ばれた。

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