査定結果

 どん、と重量感のある音を立てながらカウンターに置かれた革袋を見て、ルーカスとウィリアムは思わず顔を見合わせた。


「……こんなに?」


「当然だバカ。約四十頭分の内臓と二十頭分の毛皮だぞ。肉が無くてよかったと心底思ったな」


 内訳が書かれた査定表は二枚用意されていた。モランはわざわざルーカスとウィリアムの解体分を分けて査定してくれたらしい。いくら鑑定スキルで誰が解体したものかを確認できるとはいえ、人が良すぎるなぁ、とルーカスは苦笑しながら内容を確認する。


 当然ながら、買取金額はルーカスの方が上だ。解体中にようやくスキルが生えたような新人と、長年丁寧にやってきているベテランじゃ違って当たり前だ。だがそんなところはどうでも良いのだ。


 ウィリアムの査定表は毛皮と内臓ともに買取不可が四、買取可が十六。可の中でも底値が七、多少の色がついたものが九だ。解体初心者としては優秀な数字だなと思いつつ、査定表をウィリアムに手渡した。


 これまでの教え子たちに同じ数を捌かせても、買取不可になるものが十近く出るのは当たり前だった。ようやく一つ、まともに捌けるようになってからも、二十ほど捌かないとスキルが生えないということも少なくはない。


 そう考えると、ウィリアムが解体スキルを獲得できたのは格段に早かったと言ってもいいだろう。彼は、あれだけやればさも当然と言わんばかりだったが、ウィリアムとしてはそうは思わなかった。


 やはりこれまで積み上げてきた経験値の差や、刃物の扱いの上手さが関係したのか、と色々考えを巡らせる。


 自身の査定表を渡されたウィリアムはといえば、かなり渋い顔をしていた。自分で考えていたよりも結果が悪かったのだろう。それでもかなりいい方なんだぜ、と内心でため息をつきながらルーカスは声をかけた。


「おいおい、そんなに悪い結果じゃねぇぜ?他の初心者は本来もっと悪いんだ。高望みしすぎだ」


「だが、不可が四つもある」


「四つしかだよ。見本見せて捌いたぐらいで、初回から完璧にやれるわけないんだ。本当は横についてしっかり教えながら一回捌かせるべきだったんだが、俺の都合でそれをしなかった。その点を踏まえても不可が四は悪い数字じゃねぇよ」


 そう伝えるもあまり納得出来ていない様子のウィリアムに、さてどうしたもんかねぇとルーカスは頭を掻いた。そもそもの実力が高い男だ。これぐらいはできて当然、という思いもあるのだろう。自分の専門分野外のことなんて最初は出来なくて当たり前だろうに、とルーカスは思ってしまうが、どうやらこの男はそうは思っていないようだ。


 査定表との睨めっこを続けるウィリアムに、モランがカウンター越しに鋭い視線を投げかける。


「聖騎士の坊ちゃんよぉ。あんた自分が特別だなんて思い上がってねぇか?」


「……何だと?」


「どんなに優れた人間だろうと、知らねぇことを最初から完璧に出来るやつなんざいねぇんだよ。テメェの剣も、魔法も、生まれた時から今ほど出来てたわけじゃねぇだろ。そんなことも忘れたのか?」


「貴様……っ!」


 モランの煽るような言い方に、ウィリアムも触発されて思わず詰め寄ろうとする。ルーカスは咄嗟にその間に入って、ウィリアムを軽く抑える。


「落ち着けって! モランの話はもっともだ。すまねぇモラン、俺が言わなきゃならねぇことだったのに、悪かった」


「いい、一言いってやりたかったのさ。教育に口出して悪かったな」


 ルーカスがそうやってモランに頭を下げれば、モランも落ち着きを取り戻したのか、気まずそうに頭を掻いた。ウィリアムはルーカスに抑えられながらいまだにモランを鋭く睨みつけていた。ギルドのカウンターでの一幕だったので、冒険者たちからの視線が痛い。


 とにかく、一旦ここからは出たほうがいいだろうと判断したルーカスは、再度モランに断りを入れ、ウィリアムを引き連れてギルドを後にした。どこに行く、とも言わずに進んでいるが、ウィリアムも口を開くことはないが大人しくついてきてくれているようだった。


 大通りから一つ路地に入り、そこを抜ければ裏通りと呼ばれる道にでる。裏通りは人通りがそこまで多くないが、隠れた名店と呼ばれるような、こぢんまりとした品のいい店が多数存在する。ルーカスはその中でも、一人でしっぽり飲みたい時に使う酒場に足を踏み入れた。


 酒場の店主は入店したルーカスが人を伴っていることに僅かに瞠目したが、すぐにいつものようにカウンターの端へ座るように促した。ルーカスはいつもは自分が座っている端の席へとウィリアムを案内し、ルーカスはその隣へと腰をかけた。


 店主が用意してくれた水に口をつけながら、気難しい顔をして黙り込んでいるウィリアムに対し、多少逡巡しながら口を開く。


「……なぁウィル、確かに完璧でありたいという気持ちはわからんでもない。人間、成長するためにより高みを目指すことは誰でもやることだ。だがな? モランのいう通り、最初から完璧なんて誰もできやしないさ。挑戦と失敗を繰り返してようやく、完璧に近付けることが出来るんだ」


 ルーカスがそう諭すように語りかければ、ウィリアムは深い呼吸を数度繰り返し、強張っていた体の力をゆっくりと抜いて、ようやく口を開いた。


「……そうだな。確かに考えてみれば、剣術など最初はまともに剣を振り上げることだってできなかった。魔法も、発現しようとしてはそのまま力が暴発して吹き飛ばされたりと散々だったな」


「だろ? 最初はみんなそんなもんだよ。失敗したら、じゃあ何が悪かったんだろーって振り返るだろ? そんで悪かったところを修正していくうちに、ちょっとずつ出来るようになるのさ」


 ルーカスのその言葉はわざとらしく軽く言ってはいるが、これまでの経験から発せられている重い教訓であることは感じてとれた。


 実際、ルーカスは数え切れない失敗をしている。駆け出しの頃なんて酷かった。面倒見てもらっていた冒険者の先輩たちには相当な迷惑をかけて、そして叱られた。それでも先輩たちは叱った後にどこが悪かったのか、こうすれば今後良くなるのではないかと根気強く教えてくれたし、自分でも失敗を振り返るという習慣ができた。


 今だって自分が完璧に出来ているなど一度も思ったことはない。高みは目指せばキリがないが、目指さなければ実力は停滞するどころか劣化するだろう。ウィリアムのその志自体は、ルーカスとしては好ましいものであった。


「だからよ、完璧目指して積み重ねて行こうぜ。いつかモランからお墨付きもらえるようによ」


「ふん、お墨付きなど不要だ。だが、いつか最高品質で買い取らせる」


「おうおう、その心意気だぜ」


 ウィリアムの背中を力強く叩けば、びくともしないが嫌そうな顔で水を啜る。そんな様子にルーカスは満足げに笑みを浮かべながら、いつもの調子で酒を注文した。

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