元聖騎士
ソファへ倒れ込んだルーカスは、ぼーっと天井を眺めながらポツリと呟く。
「今日の晩飯、どうしようかな……」
「おいおい、気持ちはわかるが現実逃避すんな」
遠くへ思考を飛ばしたルーカスに、アドルフは苦笑する。国からの指名依頼など、白金級であっても生涯に一回あるかどうかだ。指名依頼となると余程の事情がない限りは断ることが出来ない。国からとなると尚更だ。断るのであれば二度とその国に足を踏み入れない覚悟を持たなければならない。ルーカスには、最初から選択肢なんて用意されていないのだ。
しばらくそうして天井と睨めっこしていたルーカスは、観念したように一つため息を零し、体を起こして背筋を正した。
「……承知しました。不肖ルーカス・エスペランザ、謹んでその指名依頼拝命いたします」
本当は言いたくない、と僅かに最初言い淀んでしまったのはご愛嬌だ。旧知の中のギルドマスター相手としてではなく、王国貴族相手としての返答をしたルーカスに、アドルフは肩をすくめた。
「さて、それでは報酬の話をしよう。本当は先にするべきところを、後になってしまったのは申し訳ない。まず、今回の依頼を引き受けてくれたことに感謝する。前金として白金貨百枚をお渡しする」
傍に置いていた革袋をルーカスの目の前に置いたアドルフは、中身が本物であることを見せるために袋の口を開ける。中には白金色に輝く貨幣がたんまりと入っていた。ルーカスはチラリと確認すると、すぐに口を締め手に取る。
「白金貨百枚、確かに受け取った」
そのまま自身の収納バッグへと入れる。鑑定眼でしっかりと百枚あることは確認が取れているし、持った重さも白金貨百枚分と相違ない重さであった。まぁ、ここまできてアドルフが不正するとは考えていないが、冒険者としてこういうところは確認が必要だ。
「それから、ウィリアム・バーナードが金級に上がれば追加で白金貨が五十枚、教会に関する情報を引き出せれば、都度金貨を三十枚出そう。教会のガサ入れに踏み出せるほどの情報が出れば白金貨を最大で百枚、追加でお渡しする」
「……わかっちゃいたが、国が依頼人だと報酬も大盤振る舞いだな」
金貨一枚で、一般的な市民一人の一ヶ月分の生活費に相当する。白金貨一枚で考えれば何もせずに八年ほど暮らせるだけの大金だ。それを前金でポンと百枚渡してくるということは、この思惑に絡んでいるのはおそらく王国だけでなく、諸外国もだろうということはルーカスには容易に想像できた。きっとこれが教会を引きずり降ろす最大のチャンスなのだと、どこも考えているのだろう。これで何も情報が出せなかったらと考えると、ルーカスは僅かに胃が痛んだ。
「気負うな、と言いたいところだが、残念ながら期待は重いぞ。だがまぁ、今までのお前の実績考えりゃ、期待せざるを得ねぇのさ」
「実績ったってなぁ……」
アドルフの言葉にルーカスは眉間に皺を寄せた。ルーカスにあるのはあくまでも冒険者として、そして教育者としての実績だ。シーフとして情報収集はお手のものではあるが、今回のものとはワケが違う。そこんとこ国はわかってるのかねぇ、とルーカスは頭を悩ませた。
「まぁ、とりあえずは会ってみろよ。カタブツ騎士様がどういう人間か、まずは知ってもらわねぇとな」
「その騎士様だが、俺が面倒みるって話は通ってんのか? 会ってみて嫌ですなんで断られたらどうすんだ」
「それはねぇな。バーナードには事前に打診済みだ。じゃなきゃ登録情報なんて見せらんねぇしな」
さて、と立ち上がったアドルフは、ルーカスを連れてウィリアムを待たせているという来賓室へと足を運んだ。入るぞ、と軽い声かけをして返事も待たずにドアを開けたその先には、全身鎧の騎士が微動だにせずにソファの横に佇んでいた。
ルーカスは思わずギョッとしたが、アドルフは慣れているのか軽くため息を吐くだけだった。
「バーナード。掛けていて良かったんだぞ」
「気にするな。立っているのは慣れている」
「そうかい。じゃあ今度は座ってくれ。お前だけ立たせて話をするのは俺たちの気が引けるからな」
「そうか、わかった」
無表情に、抑揚なく言葉を返したウィリアムは、勧められてようやくソファに座った。ルーカスとアドルフも、着席したのを見届けて向かいあるソファに横並びで腰掛けた。
いざ対面してみると、ウィリアムはそれはそれは大層な美形であった。意思の強そうな青い瞳は大きく、鼻筋はスッと通っていて、眉はキリリと整っている。口元は堅物らしく真一文字に結ばれているが、そのお陰か派手な外見とは違い、硬派な印象が生まれている。
これは女の子から引くて数多だろうとも思ったが、元主席聖騎士ならきっと女遊びなんてやってこなかったんだろうなぁ、とルーカスはぼんやりと思った。
「改めて紹介しよう。こいつがウィリアム・バーナード。先月青銅級冒険者として登録したばかりだ。伝えたように元は聖教会の主席聖騎士としてその腕を奮っていたので、実力は白金級と言っても過言ではない。だがまだ冒険者としての立ち振る舞いは身についていないので、ルーカスにはそのあたりを重点的に教えてもらいたい」
アドルフの紹介に、ウィリアムは軽く頭を下げた。普段接している冒険者共とあまりにも違うな、とルーカスはやりづらさに頭を掻く。
「バーナード。こっちは前にも話したルーカス・エスペランザだ。俺の古くからの友人で、これまでに金級冒険者を四組生み出している、人呼んで金級請負人だ。見た目はこんなだが、シーフとしての技量は勿論、冒険者としての立ち回りを学ぶには一番いい人物だ。思う存分学んでくれ」
「どーも。こんな感じだけど大丈夫かい? 一応これでも銀級ぐらいの実力はあるんだが」
「馬鹿言え、銀級なのは階級だけだ。実際は金級の上澄、白金級に最も近い男だ。シーフのクセしてワイバーン討伐ぐらいは単独で軽くやってのける程度には実力がある」
ルーカスが謙遜してそう軽く投げ掛ければ、アドルフが間髪入れずに訂正してくる。余計なこと言うな、と横目で睨みつけるが、アドルフにはどこ吹く風だった。
「そうか、少なくとも私の足を引っ張ることはなさそうだな」
サラリと言ったその一言がルーカスの気に障った。ウィリアム本人は今のが下に見るような発言であったことすら自覚がないようで、泰然としている。
「主席聖騎士様の足を引っ張るようなことはしないから安心しな。あぁ、すまん。
元、がつくな」
わざとらしい嫌味で返せば、ウィリアムの方も気付いたのかスッと目を細める。
「その肩書きは捨てた。わざわざ言ってくるとは相当性格がいいらしい。その狡猾なところも冒険者らしさか?是非とも学ばせてもらおう」
「そうだな、今まで綺麗なもんしか見てこなかったアンタに、人間の汚らしい部分まできっちり教え込んでやるさ。途中で挫折しねぇことを祈っているよ」
「祈るなど。貴様のような神を信じていないような者が使う言葉ではない」
「そうだなぁ、生まれてこのかた、神なんて信じずに生きてきたからこの言葉選びは違ったかもな。すまんな神様に忠誠を誓ってきたアンタを前にこんなこと言って」
静かな口撃の応酬に来賓室の空気は冷え切っていた。アドルフは二人のやりとりを前に、眉間に寄った皺を伸ばすように頭を抱える。相性がいい、とは思わなかったがここまで悪くなるとは思っていなかった。やはり組むのは無しと言われまいかと心臓が痛くなるのを感じる。
「あーー……、とりあえず挨拶はそこまでで。どちらも実力は折り紙付きなんだ、頼むから仲良くやってくれ。バーナードも、これが冒険者として上がるには一番の近道なんだってことは理解できるだろう?」
「当然だ。この男と組むことで、金級を最短で目指せるのだろう? 気分を害する程度、何ら問題はない」
「おーおー、最短で目指してもらうぜ。すぐに俺の手から離れてくれるなら願ったり叶ったりだ。せいぜいその出来のいい頭でさっさと覚えてくれや。俺の我慢の限界がくる前によ」
二人の止まらない嫌味合戦に僅かに胃が痛くなるような思いを抱えながら、アドルフは早くこの場を立ち去れるように手早くパーティ契約の書類を作成することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます