#002 この能力、制限が多くて使いにくいな

「このあたりでいいか……」


 ひと気のない森でキャンプを設営する。ここは世界樹の第一階層。


 世界樹の内部は屋外とそん色ない見た目をしているものの、彼方まで広がって見える空や森は有限。この階は森だが、階ごとに異なる環境になっており、それが螺旋階段のように重なり合って上層へと続いている。


 世界樹の最上階は推定100階で、1階の上に11階が位置している。10階や20階などのゼロのつく階は特殊で、階層を守るボスがおり、それを倒すと安全地帯となる。解放された安全地帯を"キャンプ地"と呼び、冒険者の活動をサポートする様々な施設が配置されている。0階は存在していないので本来各階層の最後はゼロ階になるのだが、便宜上例えば第一階層キャンプ地は第二階層攻略者が利用する事になり、紛らわしいのでボスが存在する場合は下の階層を、解放された場合は上の階層にカウントする決まりになっている。(20階にボスが居る場合は10階から20階までが第二階層で、ボスが居ない場合は10階から19階までを第二階層と呼ぶ)


「アチチ。せめてお茶くらい買えるようになりたいな」


 魔道具でお湯を沸かし、乾燥食料を戻しつつ無理やり胃に流し込む。食料は現地調達も可能なのだが、腹を壊して死ぬのも嫌なので今は大人しく市販品を活用している。いちおう未開地を探索する冒険者はサバイバル技術が必須なのだが、野営や食料の現地調達はリスクもあるので、世界樹で活動する冒険者はサバイバルを一切しない日帰り派がほとんどらしい。


 そして大半の召喚勇者も日帰り派であり、サバイバル訓練から入ったのは俺だけ。第一階層の難易度を分かりやすく例えると『ここでどうやって死ねって言うんだ?』くらいであり、そのためサバイバル訓練には適している。


「おっと、日が沈む前に寝床を確保しなきゃな」


 空が赤く染まりつつある中、良さそうな木に登り寝床の準備をする。



 本来こういった異世界転生は国の監視や魔法による制限がありがちだが、この世界は活動実績さえあれば本当に自由。儀式的な側面(①)があるのもそうだが、放し飼いに出来る理由は他にもあり……

②、召喚勇者は世界樹の外には出られない。ぶっちゃけ死ぬ、らしい。そのあたり国が体を細工している可能性もあるのだろうが、とりあえず勇者が勇者として存在できるのはダンジョンという環境があってこそであり、難しい話は分からないのだがとにかく外に出ると肉体が在るべき場所へ還るそうだ。


③、ダンジョン管理の国際協定。ダンジョンや冒険者は、環境やその権利を守るための国際機関・冒険者ギルドが管理している。国もまったくのノータッチというわけではないようだが、基本的には国際ルールに則り管理・運用されている。


④、召喚したばかりの勇者は戦力外であり、大成する保証もない。希少な天啓こそ保有しているが、召喚勇者は天然物と違って元は凡人。天啓も希少だからと言って有益なものとは限らない。過保護に扱って付け上がらせるよりも、一般冒険者に近い扱いから成りあがらせた方が心身ともに成長が見込めるとされている。そのあたり長い歴史の中で何度も勇者を召喚し、これが現在の最適解となっているそうだ。



「ん~、こんなところか? スプリングベッドが恋しいな」


 幹に安全帯を掛け、太い枝にまたがりマントで体を覆う。足をぶら下げるのはよくないのだが、まだ樹上の睡眠に慣れていないのでそこは今後の課題とする。


 冒険者は魔物に襲われることも考慮してテントを使わない。大人数だと焚火を取り囲んで交代で仮眠をとるそうだが、一人の場合は樹上が基本で、地面に体を埋めつつ寝る方法もあるそうだ。


 俺は天啓で異空間に様々なものを収納できる。体内に取り込んでいるわけではないので理論上は自分自身を避難させることも可能なのだが…………だからと言っていきなり自分の命を、そんなわけの分からない空間に投下するほどバカではない。


「そういえばロッククライミングで、壁に設営できるテントや足場があったよな?」


 などとボヤきながら<空間収納>の内部を整理する。



 この天啓、というかこの世界はゲーム風ではなくリアル系で……

①、収納したアイテムをウインドウで管理したり自動でスタックしたりなんて便利機能は存在しない。内部を目視できないのもあって大量に詰め込むと素早く取り出せなくなる。


②、わかっている限り空間は無限。じつは有限、もしくは広げすぎるとデメリットが発生するかもしれないが、とりあえず分かっている範囲で上限らしきものはない。


③、いちおう魔力を消費している。便宜上、収納空間に干渉する行為を開閉アクセスと呼んでいるが、開閉中はわずかに魔力を消費する。非開閉状態時の魔力消費は無し。もしかしたら本当にわずかに消費しているかもしれないが、知覚できるほどではない。


④、体から離れた場所で開閉を発動させることはできない。体に隣接していればどこでも開閉可能なのだが、収納する際に対象に"実質"触れている必要がある。例えば長物を収納する場合は、片手で開閉を発動し鞘に納めるイメージで押し込むか、逆に手に吸い込ませるような形で収納しなければならない。対象が大きい場合、開閉はあるていど広がってくれるものの、限度があって今のところ直径1メートルの円を通せる大きさである必要がある。(もしかしたらこれは俺の成長に合わせて広がるかも?)


⑤、収納したものは手前に押し戻され、勝手に変化しない。ゲームのインベントリでいえば、閉じる際に毎回自動整理が発動する状態。押し戻されるといっても収納物同士が接触して破損することはないので『空白空間を収納する』って行為自体ができないようだ。収納したものが虚空の彼方に飛ばされる心配がないのは助かるが、例えば相手の魔法攻撃を収納して内部で消滅させるみたいな使い方は出来ない。いちおう攻撃を収納するところまでは出来るので、それを安全に放出する手段があれば使えるかも?


⑥、部分的に収納した状態で強引に開閉を閉じることはできない。気体や液体の判定はまだ検証しきれていないが、とりあえず空間ごと切り取るみたいな攻撃に転用することはできない。


⑦、生き物を取り込んだ状態で開閉を閉じることはできない。死体や植物は収納可能だが、活動しいきている植物系の魔物なども対象外。いちおう無理やり押し込んで、閉じない状態で運ぶって芸当は出来る。




 最近はそんなことを考えているうちに寝落ちするのが習慣になっていた。

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