悪役貴族に転生したけど、ハーレムを作りたいので主人公エミュして世界最強を目指したいと思います!

リヒト

第一章 悪役貴族

転生

 暗く、暗く、暗く。

 何処までも暗い闇から、ゆっくりと、ゆっくり浮き上がってくる。


「……う、うぅんっ」


 閉ざしていた瞼を刺す日光と鼻孔をくすぐる花の香りに急かされるようにして僕はゆっくりと意識を浮上させる。

 未だ、まどろむ意識。

 釈然としない意識の中で僕は柔らかな感触の中に身をゆだねながら何処か心地いい花の香りにほっと一息吐く。未だ、目を開かせたくはなかった。


「……んぁ?」

 

 だが、すぐに僕は違和感を覚えた。

 直近の記憶を探っても……確か、そうだ。何時ものようにネッ友とエナドリ片手にゲームへと熱中していた記憶しかない。何時ものように椅子の上で寝落ちしたと思うんだけど、果たして何時、僕はベッドに入ったのだろうか?

 それに、そもそもとして僕の部屋のベッドはこんなにも寝心地良かったかな?

 そして何よりも僕の部屋に花の香りがしそうなオシャレなものを置いた記憶などない。


「えっ?何処?」


 困惑の中で目を開き、辺りを見渡してみればそこには異世界が広がっていた。

 白を基調とした金縁に飾られる壁に天井。巨大な窓にこれまた巨大な姿見。二階分くらいはありそうなほど天井は高く、床はふわふわのカーペットに覆われている。


「知らない知らない知らない!?」


 無駄に彫刻が凝っている天蓋のついたベッドから僕は動揺の声をあげながら起き上がる。

 まず、何このアニメでしか見たことないようなベッド!シーツも滑らかだし、先ほどまで僕の体を覆っていた布団もふわっふわ。

 僕が一人暮らしを始める際にネット通販でポチッた粗悪品のベッドとは何もかもが違う。


「えぇぇぇえええええええええ!?」

 

 何が起きているのか。

 事態がまるで見えてこない僕はとりあえず、自分がどうなっているのか確認するために困惑のまま姿見の前に立つ。


「……誰、こいつ」


 姿見に映るのは僕の知らない齢五歳ほどに見える少年だった。

 白髪に白いまつげ。シルクのように純白の肌。

 ただ真っ白なキャンパスの上で宝石のように輝く赤と青の瞳───僕が十五年の人生で何度も見てきた黒髪黒目の冴えない男子とはまるで違う。千年、いや、万年に一度と言えるほどに美しい美貌がそこにはあった。


「いや、待って……こいつ、わかるぞ?」


 誰だよ。こいつ。

 そう思っていた僕だがすぐにこいつの見た目にピンとくる。

 確か……そうだ。ゼノだ。

 僕の記憶に最後。夜な夜なネッ友とやっていたゲームに出てきていたではないか。この白髪にオッドアイの存在が。

 

 ゼノ・ウィリアムズ。

 アウトーワ王国のウィリアムズ公爵家の嫡男として生まれた天才児。百年に一度と謳われる才能を持ちながらもその才能に胡坐をかいて傲慢となり、何処までも落ちてしまった残念貴族。

 その傲慢の果てに最後はゲームの主人公の手で断罪されるキャラだった。


「いや、バチバチに悪役」


 こういうのって相場は主人公でしょ。

 何でこんな外れくじを……。


「……あぅっ!?」


 なんて悠長なことを未だ、現実感の湧かない頭で考えていた矢先、僕は鋭く響く数多の痛みを抱えてその場に蹲る。

 

「この、記憶は……誰ので、……お前は、だ……いや、違う……これは、僕だ」


 痛みの中で、僕は様々な情報を見る。

 膨大なデータが直接頭の中に書き込まれていくかのような感覚の中で、僕は一分にも満たない僅かな時間でゼノのここまでの短い人生をただ見て、感じて、自分になる。


「……年齢、五歳で僕の目測はあっていたのね」


 どうなったのか。

 痛む頭。

 混濁する記憶。

 未だ完全に動き切っていない思考。

 すべてがごちゃまざになる中で、僕はしばらくの間蹲り続ける。


「……あぁぁぁぁ、ふぅ……ようやく、事態は把握できたよ」


 どれだけの時間、そうしていたのかはわからない。

 でも、いくらかの時間でようやく僕は事態を飲みこんでくる。


「異世界転生」


 立ち上がり、近くにあった椅子へと座りこんだ僕は独り言をそのまま呟く。


「それも……ウェブ小説でよく見る悪役貴族への転生ってやつだ」


 自分の状況を受け入れるのはたやすい。

 何度も、こういった場面のシチュエーションは一人のオタクとして妄想してきた。義務教育だ。自分が異世界に転生する妄想なんて。

 死ぬ運命にある悪役貴族への転生を妄想したことはないけど。


「いやぁ、別にそこは構わへんかな」


 ゲームで処刑されていた悪役貴族と思うと一瞬怖気ずくが、冷静になってみれば、その原因はゼノの傲慢な行動にある。

 僕がその傲慢な行動をとらないだけで自分の悪役貴族として断罪される未来は回避できる。

 変に身構える必要もない。


「うん。そうだよね。ゲームの世界……とはいっても、僕はこうして自分の意思で行動している。僕を阻む者なんて存在しない」


 むしろ、ゼノは公爵家の嫡男でなおかつ才能に溢れる設定。

 転生先として最高じゃないか。何でも出来る。間違いなくチート状態だ。


「……ムフフ、作っちゃいますか。ハーレム」


 俺つえーのハーレム。

 クソ雑魚オスのオタクなら誰もが一回は妄想したことのあるくだらない夢。

 それを僕は今ここで、何となく口にしてみるのだった。

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