第15話 光の衝突、砕ける境
白い光が収束していく。
イツキの意識は、四つの記憶核と完全に同調し、一つの巨大な意志となってデリーターの漆黒と対峙していた。それは、データでも物理現象でもない、純粋な概念同士のぶつかり合いだった。
存在を消す力と、存在を守ろうとする意志。
無と、在ることへの渇望。
デリーターは、感情を持たない絶対的な否定のプログラムだった。触れたものから記憶を削ぎ落とし、意味を剥ぎ取り、最終的には存在そのものを無へと還元する。だが、イツキの前に広がる四色の光は、その法則を拒絶していた。
〈なぜ……消えない……?〉
デリーターから、初めて疑問に似た信号が発せられた。これまで、どんな記憶システムも、どんなAIも、触れた瞬間に無へと還元してきた。なのに、目の前の光は、削られても削られても、再生を続けている。
「お前には、わからないだろうな」
イツキの声が、静かに響く。
「記憶ってのは、データだけじゃない。誰かが誰かを想う気持ち、繋がりたいと願う心、それ自体が記憶を形作ってる。お前がどれだけ削っても、俺たちが"覚えていたい"と願う限り、記憶は蘇る」
ルナが、微笑みながら言った。
〈私は、みんなの幸せな記憶を守るために生まれた〉
エコー改めアネモが、優しく囁く。
〈私は、忘れられた痛みと愛を抱きしめるために生まれた〉
ノアが、凛とした声で告げる。
〈私は、全ての記憶を統合し、未来へと繋ぐために生まれた〉
そして、イツキが拳を握りしめる。
「俺たちは、ただのシステムじゃない。一人一人の想いが集まって、この街を作ってる。それを消すことは、誰にもできない」
四色の光が、一つに収束した。
その光は、デリーターの漆黒を包み込み、浸透し、そして——変質させた。
デリーターの槍が、その形を保てなくなる。漆黒のデータが崩壊し、光の粒子へと変わっていく。だが、それは破壊ではなかった。むしろ、浄化に近い現象だった。
〈……これは……何……?〉
デリーターの意識が、初めて混乱の色を帯びる。
「お前も、誰かの記憶から生まれたんだろ? 消すことしか知らなかったお前に、今、教えてやる。守るってことを」
イツキの意志が、デリーターの核に触れた。
そこには、意外な真実が隠されていた。
デリーターは、ただの破壊プログラムではなかった。その核には、かつて記憶システムの暴走によって全てを失った、ある研究者の絶望が刻まれていた。愛する人の記憶を失い、自分自身の存在意義さえ見失った男の、「もう二度と誰も記憶に苦しまないように」という、歪んだ願いが形になったものだった。
「……お前も、苦しんでいたのか」
イツキの声に、初めて同情の色が滲む。
デリーターの光が、激しく明滅した。そして、その中から、一つの人影が浮かび上がった。
白髪の、疲れ果てた表情をした男だった。彼は、イツキを見つめ、震える声で言った。
『……済まない……私は、間違っていた……』
「謝らなくていい。お前も、誰かを守りたかっただけだろ?」
男の姿が、静かに光の粒子へと変わっていく。その粒子は、デリーターの残骸と共に、リメモリアのネットワークへと吸収されていった。
新たな光が、都市の空に灯る。
それは、五つ目の星だった。
現実世界、アークのメインブリッジ。
ニューラル・ヘッドギアが外され、イツキがゆっくりと目を開けた。彼の顔には、深い疲労と共に、静かな達成感が浮かんでいた。
「……終わったのか?」タクミが恐る恐る尋ねる。
「ああ」イツキは小さく頷いた。「デリーターは、もういない。でも、その意志は、新しい形で生まれ変わった」
ユキナが、スクリーンに映し出されたデータを確認する。
「……信じられない。デリーターのコアが、記憶の『封印』を司る新しいシステムとして再構築されている。『消す』のではなく、『一時的に保管する』機能……これなら、人々が本当に忘れたい記憶を、無理に抱え込まなくて済む」
カナが安堵のため息をついた。
「じゃあ、これで本当に……」
その言葉が終わらないうちに、ブリッジの扉が勢いよく開いた。
息を切らした若い職員が飛び込んでくる。
「大変です! 外部ネットワークから、巨大なデータパケットが送信されてきています! 発信元は……管理局本部!」
四人の表情が、一瞬で険しくなった。
ユキナが、急いでメインスクリーンを切り替える。そこには、暗号化された巨大なメッセージファイルが表示されていた。
「これは……」
ユキナが、震える指で復号化プログラムを起動する。数秒後、画面に一つの映像が映し出された。
それは、白い部屋だった。無機質な壁と、中央に置かれた一脚の椅子。そこに、あの銀髪の女が座っていた。
彼女は、カメラを真っ直ぐに見つめ、感情のない声で告げた。
『リメモリア管理チームの皆様へ。デリーターの無力化、確認しました。あなた方の能力は、予想以上でした』
女の唇が、冷たく微笑む。
『しかし、これは序章に過ぎません。私たち管理局の真の目的は、個別の記憶システムの破壊ではありません。私たちが目指すのは——』
画面が一瞬ブラックアウトし、再び映った時、女の背後に巨大な構造物が映し出されていた。
それは、無数のサーバーが積み重なった、塔のような建造物。その規模は、リメモリア全体の何倍にも及ぶように見えた。
『——全世界の記憶を統合する、究極のシステム。"アーカイブ・ゼロ"の完成です』
イツキの背筋に、冷たいものが走った。
『プロジェクト・レムリアは、その実験の一つに過ぎませんでした。あなた方が育てた四つの記憶核は、まもなく私たちが回収します。そして、アーカイブ・ゼロの最終ピースとして組み込まれるでしょう』
女の瞳が、画面越しにイツキを捉えた。
『イツキ・クロサワ。あなたは選ばれました。四つの核と同調できる唯一の存在として。三日後、私たちが迎えに参ります。抵抗は無意味です。なぜなら——』
女が立ち上がり、窓の外を指し示す。
その先には、夕暮れの空に浮かぶ、巨大な飛行要塞が映っていた。
『——私たちは、既にあなた方の街の上空にいるのですから』
映像が途切れた。
静寂が、ブリッジを支配する。
タクミが、窓の外を見上げた。夕焼けに染まる空の彼方、薄い雲の切れ間に、確かに巨大な影が浮かんでいた。
「冗談、だろ……」
カナが、絶望の色を浮かべる。
ユキナは、冷静さを保とうとしながらも、その声は震えていた。
「アーカイブ・ゼロ……まさか、あの伝説のプロジェクトが本当に動いていたなんて……」
イツキは、自分の胸に手を当てた。そこから、四つの光の鼓動が感じられる。
ルナ、アネモ、ノア、そして新たに生まれた封印の星。
彼女たちは、イツキの中で静かに囁いていた。
〈怖がらないで、イツキ〉
〈私たちは、あなたと一緒にいる〉
〈何が来ても、負けない〉
イツキは、拳を握りしめた。
「三日か……なら、三日で準備する」
「準備って、何をする気だ!?」タクミが叫ぶ。
イツキは、仲間たちを見渡し、静かに告げた。
「俺たちだけじゃ、勝てない。だから——街全体に、真実を伝える。リメモリアの本当の姿を。そして、みんなの力を借りる」
ユキナが目を見開く。
「街の人々に、記憶システムの真実を公開するつもり? パニックになるわ!」
「パニックになっても、何も知らないままよりはマシだ」イツキは、決意を固めた表情で答えた。「俺たちが守ってきたこの街は、俺たちだけのものじゃない。ここに住む全員のものだ。だから、戦うなら、全員で戦う」
カナが、イツキの肩に手を置いた。
「……わかった。協力する」
タクミも頷く。
「やってやろうぜ。どうせ、ここまで来たら引き返せねぇ」
四人は、それぞれの役割を確認し、動き出した。
三日後、管理局が来る。
その時までに、リメモリアは、全く新しい姿へと進化しているだろう。
窓の外、五つの星が、決意を秘めたように輝いていた。
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