第23話 『幼なじみの危機』其の四
セツリは、二人がすべての小瓶に蓋をし終えるのを待ってから、ようやく口を開いた。
「……なんか、すごかった」
額の汗を拭いながら、クララは照れたように「そ、そうかな……」とはにかむ。
ハルカは器具を片付けながら穏やかに微笑み、「セツリ君の知っている“ギフト”と比べると、調薬のギフトは少し特殊かもしれないわね」と言った。
クララは少し頬を膨らませながら、
「同じ調薬のギフトを持ってる人でも、ぱぱっと作っちゃう人もいるのよ。この前ギルドで見た時なんて――」
と言いかけたところを、ハルカが静かに制した。
「ダメよ、他の人のことには口を出さない。それが私たちのルールでしょ」
母の手は止まらない。机を拭きながら、どこか祈るような声で続ける。
「神様から授かったギフトは、この世界の“理”の恩寵なの。
私たちには薬の仕組みがすべてわからなくても、“そうなる”と感じられるでしょう?そこに、私情を入れちゃいけないの。
ただね――使ってくれる冒険者さんや病気に困ってる人たちに、何時も変わらない物を届けたいっていう気持ちは私自身の“わがまま”なの」
「私はその“わがまま”好きだよ。だって、お母さんが作る薬って優しいもん」
クララの声には、憧れが滲んでいた。
セツリはそのやりとりを見つめながら、自分の中に生まれた想いを言葉にした。
「……僕の兄が言ってたんです。『ギフトで結果が出るのは当たり前だ。でもそこに心はない』って。
その時は意味がよく分からなかったけど――今なら少し、分かる気がします」
彼は調薬室を見渡し、静かに息を整えて続けた。
「“理”と“ギフト”は、世界の仕組みそのもの。
太陽が昇り、季節が巡り、人が生まれ、そして死ぬように。
それは“そうあるもの”――でも、二人の仕事には確かに“想い”があった。
おばさんもクララも、すごく輝いて見えました。
もし僕が病気になったら、二人の作った薬を選びたいって、心から思いました」
ハルカは息を呑み、隣でぽかんとする娘に小声で囁いた。
「ねぇ……セツリ君って、いつもこんな感じなの?」
「ううん……たまに、こうして私の王子様になるの……」
うっとりと頬を染めるクララに、ハルカは吹き出しながら「危なかったわね、パパと出会ってなかったら私も惚れてたかも」と呟く。
「お、お母さんっ!セツリは……その……」
親子のやり取りに苦笑していたセツリだったが、ハルカが思い出したように声を上げた。
「でも良かったじゃない。セツリ君もクララの作った――」
「――あぁぁ!早く納品に行かなきゃ!」
クララが慌てて話を遮り、小瓶を鞄に詰め始める。
「セツリ、手伝って!」
二人で慎重に薬を詰める後ろから、ハルカが茶化すように言った。
「ふふっ、初めての共同作業ね」
「もぅ!お母さん!!」
作業を終えたクララは、鞄を肩にかけて母を振り返る。
「本当に私がついて行かなくても本当に大丈夫?」
そんな心配げな母親にクララは「セツリもついてきてくれるから大丈夫よ。……それに……」
クララは小声で何か囁き、ハルカが「仕方ないわね……」と苦笑すると、
「クララの付き添い、お願いできる?」
「もちろんです。最後まで付き合います」
「つ、付き合いますって……!」
クララが慌てて顔を真っ赤にする。
ハルカはあきれ笑いを浮かべながら、「はいはい、それはもういいから。気をつけて行ってらっしゃい」と手を振った。
玄関を出る二人の背に、「お昼ごはん用意しておくから、早く帰ってくるのよ〜!」と、明るい声が追いかけてくる。
セツリはその声を聞きながら、胸の奥のざわめきを押し込めるように歩き出した。
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