第21話 『幼なじみの危機』其のニ
「まぁまぁ、座ってちょうだい。セツリ君も。
まだ朝ごはん食べてないなら一緒にどうかしら」
ハルカの声は、いつも通り柔らかくて、
なのにセツリの胸の奥に小さな棘のようなざわめきを残した。
それは、朝早くから幼なじみとの恥ずかしい姿を見られてしまったのもあって、少しでも早く立ち去りたい気持ちに駆られていたセツリを止めていたまだ鳴り止まない胸のざわめきだった。
クララの無事は確かめたはずなのに何故か落ち着かない、その気持ちが彼女の傍から彼を離れさせなかったのだ。
幼なじみの母親ハルカの言葉に戸惑っていると、二階の階段からクララが軽い足取りで降りてきた。
寝間着から着替えたばかりの姿は、いつもより少しだけ大人びて見える。
「セツリも一緒に食べよ!別に学校もないんだし、慌てなくていいじゃない」
「う、うん。それじゃあ、いただきます」
そう言うとハルカと向かい合ってクララと隣同士で座る。テーブルの上には、昨日の残りのスープ、
カリカリに焼かれたベーコンとふんわりしたスクランブルエッグ。
そして、小さな籠に入ったパン。
それだけなのに、不思議と温かい光景に見えた。
クララはパンを取り、セツリの皿に一枚そっと乗せる。
その手つきにどこか嬉しそうな気配があって、
思わず彼の胸がまた少し騒ぐ。
そして次に自分の分も同じ様に取っていくと「さ、食べましょう!今日はこれからお母さんの調薬のお手伝いをするんだから」と張り切っているのがわかった。
「そうなのよ、クララったら学校が休みの日くらいはゆっくりしたらいいのに手伝うって聞かないのよねぇ」
ハルカは頬に手を当てて、困ったように微笑んだ。
クララはスープにパンを浸しながら、少し口を尖らせて「だって、少しでも早くお母さんの力になりたいんだもん……」
そう言うとパンを口に入れていく。
「まぁ、クララがそれでいいならいいんだけれど……」ハルカはそう言いつつチラリとセツリの方を見て
「セツリ君とデートとかしたいんじゃないの?」
ハルカのその一言に、二人の時間が止まった。
クララは口に入れたパンを盛大に吹き出し、
セツリはスプーンからスクランブルエッグをこぼした。
「ちょっ…ちょっとお母さん!もうやめてっ」
そう言うと顔を真っ赤にしてテーブルを拭くと、セツリに「朝から本当にごめんね…」と目線を合わせられないまま言うと、セツリも黙って頷いた。
ハルカは「ふふっごめんなさいね。セツリくん。そうだわ!飲物入れてくるわね」そう言うと楽しそうに席を立ってキッチンの方に歩いていった。
そう言って楽しそうにキッチンへ向かうハルカ。
その背中を見送ったあと、クララはそっとセツリの耳元で囁いた。
「セツリはどうだったのあれから……というより、一体どうしたのよ、今朝の……あ、あれは……」と小声で聞いてくるが、セツリ自身にも説明が上手くできない。「えっと……、その…」と、曖昧な返事を返すことしかできず、少し悩んだ末にこう呟いた。
「今日さ、クララの傍でクララを見ていても良いかな……?」
「へぁっ!?」
トンチキな声を上げて固まるクララ。
そこへ戻ってきたハルカが、まるで聞こえていたかのように微笑む。
「あらあら…いいじゃない。学校はお休みなんだからって言ってたでしょ。せっかくだしセツリ君に頑張ってるとこ見てもらいましょうよ」
果物を絞った飲み物をコップに入れて戻って来たハルカに声をかけられて、我に返ったクララは視線を泳がせながら、
「え、えぇ……まぁ、いいけど。見ていても面白くないわよ?」
そう言いながらも、少し嬉しそうな表情のクララにセツリが、「勉強させてもらいます、先輩」とお辞儀をすれば満更でもなさそうに「仕方ないわねぇ、それじゃ早くご飯食べましょう!」と何事もなかったかのように、静かな朝の食卓が再び動き出す。
窓の外では、光が白く揺れていた。
風は穏やかで、どこにも不吉な影は見えなかった。
――ただ、セツリの胸の奥だけが、
何かを訴えるようにざわめき続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます