第18話
星環が淡く夜道を照らしていた。風は少し冷たく、けれど澄んでいて、昼の出来事を静かに鎮めていくようだった。
セツリとクララは並んで歩いていたが、言葉少なに空を見上げたり、靴音だけを聞いたりしながら、それぞれの胸の中で今日の出来事を思い返していた。
──あの木の前での出来事。
賢者アルマが残した言葉。
「他言は無用」──その忠告が頭の奥に残っている。だから二人は、まるでそれを避けるように、他愛もない会話で沈黙を覆っていた。
「明日が休みじゃなかったら、たぶん学校休んでたわね」
「確かに……。僕も頭が冴えて寝つけそうにないや。クララは、おばさんに見つからないように気をつけなよ。僕が怒られるのは構わないけど、心配かけるのは良くないからね」
「うぅ……わかってるわよ」
星の光を受けてクララの金色の髪が淡く光る。
少し間を置いて、彼女は心配そうに顔を上げた。
「ねぇ、セツリ。おじさんとおばさん、それにお兄さんには……なんて言うつもりなの?」
その問いに、セツリは一瞬だけ足を止めかけた。
けれど何も言わず、また歩き出す。月明かりに照らされた横顔は、どこか決意と迷いの入り混じったものだった。
「……正直に話そうと思ってたんだけど」
「……さっきの話を聞いて、怖くなったのね。」
二人の脳裏に、アルマが語った第六ギフトの話が蘇る。
“神に近づきすぎた者は異端とされる”──そんな理不尽な世界で、その力を授かったと伝えても大丈夫なのか。
黙っていれば、誰も傷つかないのではないか。
けれど、セツリは静かに首を振った。
「それでも、ちゃんと話そうって思った。兄さんが言ってたんだ。“どんなギフトを授かっても、僕たちは家族だ”って。」
その言葉に、クララは少しだけ立ち止まり、セツリの前に出て彼の顔を見つめる。
その瞳は、いつもの柔らかさの奥に、確かな強さを宿していた。
「セツリは、これから凄いことをするんだと思う。
物語で言えば、今はまだ序章よ。
それに、さっきあの人に言ったじゃない。“運命を変えてみせる”って。
きっとおじさんたちもわかってくれる。だから……ちゃんと話そう。
ただし、打ち明けるならあの場所でね。」
そう言ってにっこり笑うと、彼女は星環の光の中を先に歩き出した。
その背中を見ながら、セツリは小さく息をついた。
──やっぱり、僕なんかよりずっと強いな。
普段は抜けてるのに、こういうときだけ、ちゃんと支えてくれるんだから。
「ちょっと先に生まれただけなのに、随分お姉さんぶるよなぁ」
「ちょっとじゃないわよ、三ヶ月も先に生まれたんだから!」
「じゃあ九歳も先に生まれたら、かなり違うことになるね。さっきは“九歳しか違わないんですねぇ”とか言ってたのに。」
「あ、あれは仕方ないでしょ! それにセツリだって、“九歳も十歳も変わらないですよね”って言おうとしてたでしょ!」
「こわっ……僕の考えてること読まないでくれるかな」
「ちょっ、そういうところ直さないと! ほんと学校でも──」
笑い合う声が夜道に溶けていく。
さっきまで張り詰めていた空気はすっかり消え、星環の光が二人の背を優しく包んでいた。
その夜、世界は確かに少しだけ変わっていた。
けれどそれに気づくのは、まだ少し先のことだった。
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