第13話
「アルマさんのお願いって、何でしょうか…。」
セツリは言葉を詰め、彼女の不安を和らげたくて隣のクララの肩にそっと手を置いた。クララは小さくうなずき、目だけで励ます。
アルマは二人を見つめながら、どこか遠い昔を思い出すような、柔らかい影を瞳に抱えていた。
「私のギフトは『賢者』だ。世界の理(ロゴス)を識ることが私の本分だが、識ることに留まる――
…識ることと、なにかを救うことはまるで違う。
…それだけのもので、それ以上ではなかった」
その言葉に、セツリは兄バラクの言葉を思い出す。
『それが“ギフト”ってやつだ。努力や手際の良し悪しなんか関係ない。
たった一度、手を動かすだけで結果が違う。
だが…”それだけのものでそれ以上ではない”。
覚えておけ。努力は、ギフトには敵わない。けど、人を支えるのは“結果”だけじゃない。』
バラクの声が胸の奥で反芻される。アルマの口から同じような諦観が漏れたことに、セツリは静かな驚きを覚えた。
アルマは続ける。声は淡いが確かな重みがある。
「ギフトとは、神々の気まぐれであり、運命の断片だ。理を識ったところで、人は救えないことも多い。行動するのは人であり、理の外からでなければ変え得ないこともある――私は、そう思う。」
セツリは躊躇いながら問うた。
「僕のこのギフトには、そういう力があるのですか?」
アルマは一瞬言葉を探した。やがて腹を据えたように目を細め、静かに言った。
「……君の力が“ギフト”と呼べるかどうか、私にも確信はない。既にその域を超えているのかもしれない。
だが、伝えよう。この時間さえも神々の定めであるかもしれぬ今、名前は意味を持つだろう。」
彼女は息を吸い、唇を震わせずに言葉を紡いだ。
「『夜の底に知路告ぎ』――夜は未知と恐れを示す。底は世界の根底たる運命を示す。知るとは道を見定めること。告ぎ──語り告げることを意味するのだろう。
……要するに、君はまだ見ぬ運命の外側からこの世界を認識し、その道筋を示し、場合によっては干渉し得る存在である可能性が高い。」
言葉が静かな夜に落ちると、アルマの瞳が初めて熱を帯びたのがわかった。彼女の声に、願いの色が差した。
「だから、君に頼みたい。その力の定義する通り……この世界の運命を見抜き、それを変えてほしい。」
一行の静けさが三人を包んだ。草の匂いと冷えた夜気だけが、ふたりの心の高鳴りを測っている。
セツリはクララの肩に置いた手に力を込め、ゆっくりとうなずいた。言葉はまだ出ないが、胸の奥で何かが固まったのがわかる。アルマの願いは、問いかけでもあり、宣告でもある。
ただ……受けるか否かが、これからの世界の呼吸を変えるだろうことだけはわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます