死亡予告アプリⅡ 観察者の記録
桃神かぐら
第0話 「脈」
世界が終わったあの日から、三日が経つ。
空はまだ赤い。燃え尽きた大気がゆっくりと地平線を染め続けている。
風は吹くのに、音がない。
木々は揺れるのに、葉は触れ合わない。
マリアは瓦礫の上に膝を抱え、ただ呼吸を数えていた。
一、二、三——数えるたびに、胸の奥の鼓動が濁っていく。
「ねぇ、アルヴィド……本当に、私たちだけなの……?」
隣に座る青年は、返事をしなかった。
代わりに、彼は空を見ていた。焦点の合わない瞳で。
「“生き残った”わけじゃない。まだ“見られている”だけだ」
その言葉は、三日前から変わらない。
マリアは理解できないまま、ただ聞き続けてきた。
「誰に……?」
問いかける。
しかしその問いは、空へ溶け、どこにも届かない——はずだった。
ブゥゥゥン……ブゥゥゥン……
音がした。
マリアは息を呑む。
見慣れたはずの音なのに、もう別の意味しか持たない。
彼女の手の中で、スマホが震えている。
もう、電波も、ネットワークも、世界も存在しないのに。
画面が勝手に点灯した。
黒い背景に、赤黒い砂時計が揺らめく。
その砂は、落ちていない。溜まっていく。
【観測中】
滲むような文字が、ゆっくりと浮かぶ。
「……見てる、んだ……」
アルヴィドが、笑った。泣き出しそうな顔で。
「“死”は終わりじゃないって言ったろ。
あの日、人類は全員“死亡確認”された。
でも、観測は続いてる。
誰かがまだ、俺たちを見てる」
ブゥゥゥン……ブゥゥゥン……
音が強まる。
画面いっぱいに、ノイズが走る。
マリアは震える指で、画面に触れた。
消したかった。拒絶したかった。
でもその瞬間——
画面に映ったのは、自分の顔だった。
泣き腫らした目。乾いた唇。血に汚れた頬。
ただ——そこに映る自分は、笑っていた。
ぞ、と背骨に冷たい指先が這う。
自分は笑っていない。
笑っているのは、“画面の中の私”だ。
その唇が動く。
「みてるよ」
息が止まった。
肺が縮み、鼓動が跳ねる。
背骨の奥で何かが軋んだ。
画面に新たな通知が浮かぶ。
⸻
【死亡予告】
対象:観測者一同
残り時間:23:59:57
⸻
「……観測者って……誰……?」
震える声で問うマリアに、アルヴィドはゆっくりこちらを向いた。
その目は、もう人間のそれではなかった。
彼は空気を割るような声で囁いた。
「——読んでいる“あなた”だよ。」
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