死亡フラグmax界隈な星の国に悪女転生したら男女比おかしかった話

スセリビメ

困惑のお目覚めでした

その日、相澤乙あいざわおとめは困惑していた。

原因は持ち帰った仕事のデータをUSBごと何処かに落としたわけでも、途中だったゲームデータが消えてしまったわけでもない。

それは突然だった。

目の前の鏡へと移る一人の女性。

彼女のブルーブラックの髪はくせ毛のないサラサラヘア、瞳は淡い綺麗なブルーに染まり輝いていれば美しい顔が寝間着姿でこちらを見つめていた。


「リーシェル様、おはようございます」


ノックと共に入ってきた若いメイド。

彼女は私が立っているのを見れば驚いて駆け寄ってくる。


「リーシェル様⁈なぜお一人でお立ちに??お目覚めは…まさかご自分でされたのですか⁈」


リーシェル様??

誰なんだそれは!!と私は困惑しつつ鏡を見ていれば、その美しい顔には何処か見覚えがあった。

それにこのメイド…さっきから私の周りをちょこまかと大袈裟なほど騒ぎ立てていれば慌ただしく部屋を出て行ってしまう。だが直ぐに何人かの使用人を引き連れ戻ってくれば、「失礼します、お嬢様」と使用人達が体を持ち上げベットに下ろされた。


「リーシェル様、お怪我は?さっきので足は折れてはいませんか?ダメじゃないですか、一人でベットから立たれては。いつもは一人で立つのがめんどくさいと、使用人に頼むほどですのに。侯爵様も心配しますよ」

「え、私に言ってる?」

「そうですよ!リーシェル様、貴方以外に誰がいるんですか」


メイドは呆れた顔で見下ろす。

女性にしてはずいぶん背の高い、だが短髪で中性的な顔立ちをしている。まるで男のようだ。メイド服を着る姿にメンズコスプレを思い出す。


「ちょっと聞いてらっしゃいますか?リーシェル様!」

「す、すみません!聞いてます聞いてます」


怒ったメイドに慌てて謝るもビックリされた。


「え、リーシェル様…一体どうされたんです?そんな風に頭なんか下げて。ましてや人に謝るなんて行為、今の今まで一度もなかったというのに」

「はい?…あ、あの~さっきからリーシェル様リーシェル様って、もしや私のこと言ってたりします?」

「そうですが…リーシェル・ベラ・グミニ。貴方様の名前でしょう?貴方はこのグミニ家の侯爵令嬢ではありませんか」


リーシェル・ベラ・グミニだと??

その言葉に耳を疑えば鏡に映る自分の姿をもう一度確認する。


このブルーブラックの髪に青い瞳。

つりあがった猫目の目は見る人によってはキツイ印象を与えそうな感じ。だが出るとこはちゃんと出ててスタイルは抜群だ。

間違いない…このキャラはあの『乙女座の☆』と呼ばれる恋愛ゲームに登場する悪女令嬢、リーシェル・グミニではないか!!

発売早々、女性達の間で圧倒的人気を集めた新作ゲームで、その特殊な世界観と主人公のヒロインを取り合う攻略キャラ達のロマンスバトルが魅力的なストーリー。

普段ゲームなんかしない自分にゲーム好きな友人が押しに押してきて仕方なくやってみたら見事にハマってしまった。

まだゲームは最後まで終えていない。

セーブしてあったのを今日あたりにでも解除し、さあやろう!と思っていた矢先にこれだ。


つまりはあれだ…

私は作中でも悪女として有名なリーシェルに転生してしまったらしい。

それだけは唯一冷静に考えることができた。


「リーシェル…様?」


メイドは不思議そうな顔で私を見る。

私はそんな彼女に目をやる。

彼女は確か…グミニ家に唯一仕える騎士・ソージャー。

このステラー王国に四つある公爵家の一つ、カンケル家。昔から武術の才で知られ多くのソード達を排出してきた家門で、グミニ双子家は第一筆頭分家として、また侯爵家としてもそんなカンケル家を保守していた。

そのためグミニ家も代々に渡り武力一家として知られており、ソージャーはグミニ家の更に分家も分家の末端に位置する男爵家出身。生まれつき武術の才に恵まれながらも「女」という理由から剣を握らせてもらえず、嫌々婚約まで取り付けられ早くも結婚させらせそうになっていたところを哀れに思ったリーシェルの父がスカウトしてきたのだ。

普段は騎士団の中でも第一部隊として働くグミニ家。

父はソージャーの素性を隠すため、ソージャーの長い髪を切らせた。

騎士団は本来、女性への入団は禁止されている。

運がいいのかソージャーは勝気な性格と女性にしては声が低い。上背も百八十近くあるせいか誰も彼女が女であるとは気がつかなかった。

騎士としてグミニ家で唯一、女であることを隠して必要があれば前線にも出る。エリート集団の中でも男に負けない剣捌きは高く評価され、ソードマスター試験をたったの二ヶ月で卒業。

天才騎士として名を馳せた後はリーシェルの専属騎士に抜擢され今に至る…が、問題はここからだった。


「リーシェル様…大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。ごめんソージャー、少し一人にしてくれない?」

「ダメです。もしも何か会った時に危険です」

「何もないってば。あ、ならお茶を持って来てもらえる?あとその格好も嫌だろうし、いつもの服に着替えてきたら?」

「!!」


メイド服なんて彼女にはあまりにも似合わない。

だが我儘なリーシェルがメイド服に無理やり着替えさせていたから忘れていた、ソージャーはメイドではなく専属の護衛騎士なのだ。父が同性であることを利用してリーシェルにつけてくれた当時から、リーシェルの彼女に対する扱いは度が過ぎていた。

軍服は基本リーシェルの前では可愛くないからの理由で禁止。

剣を握るのも禁止。

むろん持ち込みも禁止。

可愛いメイド服を着ることは必須。

フリルのついたエプロン。

短いスカート丈に網タイツ。

短髪は嫌とウィッグを付けさせる。

家にいる他の騎士達はソージャーを男だと疑っていないため、侯爵令嬢であるリーシェルに選ばれた哀れな男性騎士が一人、無惨にもメイド服を着せられメイドのままごとをさせられていると憐れんでいたっけ?


ホント、前世のリーシェルは何をやってんだが。

暫くして戻ってきたソージャーは控え目にノックをすれば、片手にはお盆にお茶を乗せた騎士姿で舞い戻ってきた。


「うん、すごく似合ってるね。ソージャー」


やはり男装がよく似合う。

宝塚で男性パートを演じる役者を思い出す。

確かソージャーは一生を偽りの姿として、リーシェルの側に仕え生きていく日々に醜さを抱え始める。

騎士としての誇りも何もない。

作られた貼り付けの笑みでメイドを演じる。

いつしか騎士への意志が薄れていく宛ら、ヒロインがリーシェルの存在を知り侯爵邸を訪れる。ヒロインの持つ温かなぬくもりは彼女が騎士だった頃の誇りを否定せず、性別に左右されない一人の人間として、その評価を高く称賛する姿にいたく感銘を受けるキッカケを作る。

そしてのちにソージャーはヒロインの専属騎士になる。

その剣が向かう未来の矛先は……


「あの、リーシェル様、本当に大丈夫ですか?」

「ん?何が?」

「何がって…リーシェル様、今日は何処か変ですよ。朝は一人でお目覚めになられ、一人でお立ちになり、私には服を着替えろと言い。言葉遣いもいつもよりソフトと申しましょうか…どこか気分が悪いのでは」


おずおずとした顔でお茶の入ったティーカップを差し出す。

それを受け取れば苦笑するしかない。


まあそらそうなるわな…

実際、リーシェルというキャラクターは傍若無人で我儘な悪女としてゲーム内でも最悪な設定だった。それを決定づけるのはリーシェルの父親。普段は正義感の強い第一部隊隊長の身でありながら娘にはゲロ甘。

有無を介さずリーシェルが突き付けるどんな願いも叶えてきた親バカ。

そりゃ~リーシェルがこうなるのも分かる。


「リーシェル様、分かっているとは思いますが。私は女であり騎士です」

「そうだね」

「本来、女は騎士への入団を禁止されてます。私がここで生きる為に男であることは必須の条件。リーシェル様、私は貴方にお仕えした日から覚悟を決めていました」

「……分かってる。騎士として、このグミニ家で生きることを選んだ覚悟も殺したのは私。ごめんソージャー。私は貴方の誇りを穢してしまったようね」


私はソージャーに向き直ると今までのことを謝罪した。


「私も反省してるの。だからこれからは侯爵令嬢として秩序ある行動に心がけたいと思ってる。もちろん今までの非礼から直ぐに信用して貰えるかは分からない。でも私は死ぬ訳にはいかないの。だからもう一度、私の側で今度は騎士として力になって欲しいの」


素直な気持ちを伝えると、ソージャーはリーシェルの前に出て膝をつく。


「お願いですから頭を上げて下さい。私はリーシェル様の騎士としてここにいる限り、最後まで命をかけて貴方をお守り致します」

「ソージャー…ありがとう!」


そう、このままではいずれ私は死ぬ。

それが私の、リーシェル・グミニに与えられた運命だった。









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