第5話 雨と風
——そういえば大和とは、連絡先って知ってたっけ?
クラスの連絡先のLINEグループに大和の名前があった。話したりするようになって二週間になるけど、今まで「友だち」にもなっていなかった。
なんとなく、そのまま友だちに追加した。
そして、「よろしく」とだけ書いて送った。
コイツも目立たないし、よくわかんないヤツだけど、いちおうクラスの中で普通に過ごしてるんだよな。そう思うと少し安心した。
スタンプもトーク履歴もない画面を見ていたら、さっきのトークが既読になった。"ピロン"という着信音とともに返信が返ってきた。
「よろしく。遼も地球のSNSやるんだな」
なんだそれ、と思いながらも、少し笑ってしまった。それからしばらく、他愛もない話を送ったり、受け取ったりしていた。
スマホのライトは暗くなった部屋の中を、十分すぎるほど明るく照らしていた。
あと二週間後に関東大会が迫っている。
グラウンドを抜ける五月下旬の風は、少し身体にまとわりつくようにベタついている。
アップを済ませ、腿上げやバウンディングなどのドリルで身体に刺激を入れた。
いつものようにスタートとフォームの確認をした。
スパイクが地面を噛む感触と、風と一体になる感覚。
ひと通り、いつもの練習だ。
膝の具合は問題ない。
——これも"イプコム星人”の能力のなせるものか
そう思って、ふぅっと息を吐いた。
大和と”宇宙人ごっこ”をすることで、何か、楽になった気がする。
あとは七割の力で、60mを流して今日の練習は終わった。
汗を拭きながら、トラックの隣にある幅跳びレーンでの練習を眺めていた。
陸上競技はそれぞれが、それぞれの種目を独自のペースで練習する。幅跳びをしている生徒たちも、そろそろ最終の跳躍らしい。
腕をゆっくり振りながら、スラリと伸びた脚を前後に開く。上体を少し後ろに傾ける。大きな瞳で砂場を見据え、ゆっくりと息を吐く。
——
風が一瞬、止まった気がした。
彼女は、走り出す。
地面を蹴る音が、だんだん、速く、鋭いリズムを刻む。
風と一体となって僕のすぐ横を通り過ぎた。
踏切板を蹴った瞬間、世界は一拍だけ静止した。
彼女の身体は重力から解き放たれて、空中へと飛び出す。
黒髪がふわりと浮き上がり、光をまとった。
着地の音と同時に、金色の砂が舞い上がる。
夕陽の中で、その粒子がきらめいた
雨宮は立ち上がりながら、下半身についた砂を両手で払った。
僕の視線に気づくと、ほんの一瞬だけ間を置いて、肩までの短い髪をかきあげた。
「今日は、おしまい。」
どうとでもなかったように言って、そそくさとその場を後にした。
僕も少し汗ばんだ額を拭いて部室に向かった。
「お疲れー」
「おう、お疲れ」
練習が終わり、解散となった後、雨宮は僕に声をかけて、校門を出て行った。
自転車に乗って、夕陽の中に消えていく彼女を僕はなんとなく見ていた。
「今の、雨宮春風?」
「うおっ!? びっくりした!」
突然、背後から声をかけられて、心臓が口から飛び出しそうになった。振り向くと、大和がいつの間にか立っていた。
「雨宮春風、結構かわいいよね。」
にやにやしながら大和が突然言った。
「お前、タルサス星人のくせに、あいつのこと、狙ってるのかよ」
彼女のことは可愛いとは思うけど、特別どうこうってわけじゃない。それより、大和からそんな言葉が出てくる方が意外だった。
「違うよ。」
大和は首を傾げて言った。
「だって、こないだ二組の村松に告白されたって聞いたよ。付き合ってるんじゃないの?」
たしかに、大和いうとおりだ。
二組の村松は、学年で一番モテる男子だ。サッカー部で背が高く、顔もいい。
雨宮も陸上部なのでスタイルもよく、大きな透き通るような瞳と、笑うとできるえくぼが特徴で、男子からも人気がある。
そんな二人が付き合っていても、何もおかしくない。
——タルサス星人の大和とは、住んでいる世界が違う。
「まあ、気になるなら紹介するよ。タルサス星では、ああいうのが美人なの?」
「ああ、なんていうか。匂いがね。汗と、砂の匂いというか。いいよね」
真顔の大和が自転車を押しながら言った。
「何それ、キモいぞ。それ、絶対に俺以外の他のヤツに言うなよ、キモがられるから」
「へへ、なんてね。」
二人して自転車にまたがった。校門を出て、いつもの“宇宙人ごっこ“の帰り道が始まった。
夕陽は南アルプスの山々に隠れようとしているが、少し湿った空気が梅雨の始まりを予感させていた。
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