13.この世界は無秩序な音の濁流にある

 倭國わこくの中央街。

 

 そこは無秩序な音で溢れ返っていた。幾千もの雑多な音が反響し、共鳴し、人々をいざなう。


 街を飛び交うあらゆる音階が否応なく耳に届き、エリオは無意識に頬を引きつらせた。


 高音から低音まで溢れるノイズ――その中でも、とりわけ強く反響する200セルツkHzの高音が彼の意識を惹きつける。


 同時に、隣を歩いていたリサ・ラグナウッドの明るい声がした。

「そうそう――あの角を曲がったところよ」


 

 



 ――RYCOLAS――

  三節【害雷】




 10月1日午前11時。

 リサが「巡回ルートを紹介する」と提案した当日。

 

 ヨウはリサ、エリオ(ハク)と共に街に出ていた。


 街中は先日の爆弾魔ボマー騒動などなかったように賑わいを見せている。陽光に照らされた街には、石造りのいびつな造形の建物が並び、土を被った広い街道には人と馬車が溢れ返っていた。


 前方には茶髪の青年と赤毛の女性――エリオとリサの2人が並んで歩いていた。


 意外にもリサが手ぶらなのに対し、エリオは縦に長い肩掛けの大きな鞄を背負っていた。


 2人とも背が高いせいか、並んで歩く姿は随分様になっている。2人はずっと何か話し込んでいたが、ヨウはそこに入り込む勇気を持ち合わせていなかった。


 小さく深呼吸をすれば冷たい空気がヨウの肺を収縮させる。


「とりあえずは見てもらった方が早いかしら」


 高く備え付けられた赤い柵を飛び越え、リサは細く入り組んだ路地に入った。


 ヨウが覗くと、細く暗い路地の先でリサが足を止めた。目の前には白い柱が垂直にそびえ立ち、その頭頂部に笠状の箱が取り付けられている。

 

 リサは柱にもたれ掛かり何度かその柱を叩いて見せた。柱は音を立てずに振動する。


「これ、ヨウはともかく――エリオは何か知ってる?」


 エリオの足音がヨウの少し後ろで止み、背後に視線を向ければ渋い顔のエリオがそこで立ち止まっていた。


(そうか…………)


「エリオはのね」


 リサも同じことを思ったらしい。「少し離れましょうか」と言って、再度明るい街道に躍り出た。


「この街にはね、合計50の周波塔しゅうはとうがあるの」

 

 風に揺られる髪と共に、リサがふわりと笑う。ヨウはリサの言葉を補った。


「エリオさんは、そもそも『周波塔しゅうはとう』をご存じですか?」


 エリオに視線を移すと、その茶色い瞳の上に瞼が落ちた。


「……名前だけは聞いたことがあります」


「簡単に言えば、人には聞こえないを出す装置です」


 白い鉱石で出来た柱は、主に道案内用の案内装置ナビゲートだ。それは多くの人にとっては認識できない高周波を出す。


「そのをこの響鳴端末ブレスレットが拾って分解する。そうして『今どこにいるか』を音で教えてくれるんです」


「……高音……聞こえない音」


 のエリオにとっては、やはりそこが気になるらしい。

 

 苦虫を噛み潰したようなエリオの表情にヨウはつい吹き出した。


「常人には普通は聞こえませんが、敢えてようにも設計されているみたいです」


 隣で聞き入っていたリサがヨウの言葉に頷いて見せた。

「まあ、とりあえず先に進みましょう」



 

 再び足を踏み入れた街道は、先ほどとほとんど様相が変わっていない。一瞬にして、高低差の激しいノイズがあふれ出す。


 ヨウは手元の響鳴端末ブレスレットを耳元に近づけ、調した。


 響鳴端末ブレスレットから流れ出る、1セルツkHzごとの微弱な音に耳を澄ます。


「それで今はどの音どこに向かっているんですか?」


「今日は街の見物も兼ねて、一番基本の巡回ルートを教えてあげようと思ったんだけど……」


 リサが一度言葉を切り、何度か響鳴端末ブレスレットを強く振った。


「その前に、最寄りの駐屯所に立ち寄ってもいいかしら?」


「駐屯所ですか?」


「ちょっとね……。上司ライアさんからのお使いもあって」


 リサが髪をかきあげるとふわりと甘いバラの香りがし、そこに柔らかい笑顔が重なった。




 ◇




 倭國中央街にある駐屯所。

 

 各区画ごとに1件ずつ設けられたその駐屯所は、國連隊員が常駐して街を警備するための施設だった。

 

 リサが足を運んだのは、先ほどの場所からおよそ3段階音が高い――230セルツの場所にある。

 

 白い石材の外装は相変わらずし、人々の認識を阻害する。


 それはなどを意識したのための構造だが、慣れない者にとっては違和感の残る造りだ。


 室内は人が20人入れる程度の狭い一室で、そこに2人の隊員が立っていた。壁から部屋を分断するように備え付けられた立ち机の前で、機器をいじりながら騒音と共に業務をこなしている。

 

 集中していたのか、リサが声を出してようやくこちらを振り返った。


 リサが2人に響鳴端末ブレスレットを提示すれば、2人はそのに頷いた。


「ラグナウッド四等兵ですね。ライア首衛官から先ほど連絡を頂きました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る