05.リサ・ラグナウッド

「――反乱軍」


 クラヴィスの麗しい瞳がリサを見つめた。青年の指が引き金にかかる。

 

「僕のバックにある勢力です。はただの餌ですよ」


 淡々と抑揚のない声だった。


「そんな……じゃあ、今までの爆破は……」


 リサの一言に青年が不思議そうに首を傾げた。ゆっくりと探るような視線をはわせる。


「ええ、いい囮になってくれたみたいですね……こうして、あなたを追い詰めることが出来たのだから」


 クラヴィスは嗜虐的な笑みで微笑むと、リサの上に跨るように腰を落とした。

 彼の冷たい碧眼がリサを見下ろす。


 リサはたまらず視線をそらした。


「ああ、そんなしらばっくれても無駄ですよ。リサ・ラグナウッド……」


 クラヴィスの顔から笑顔が消えた。

 

 青年は言葉をかみ砕くかのようにゆったりと、一言一言を強調しながら言葉を紡ぐ。


、あなた達が爆弾魔ボマーと呼称する男。数年前に姿を消した男」


 ゆったりとしたクラヴィスの口調に哀愁がにじむ。


「――あのおとりとは違う。本物の爆弾魔ボマー』」


 リサが再び彼を見上げれば、青年の瞳がどこか遠くを見つめるように視線を遠くに向けた。


「……誇り高く生きた僕の。彼を、あなた達は――」


 クラヴィスの声に震えが混ざる。


秘密裏すでに殺したじゃないですか」


 




 ◇


 


 リサの脳裏に、1つの記憶が蘇る。


 


 ――7年前の冬。

 

 業火を纏い煤煙をまき散らす小さな母屋と、その場に崩れ落ちる一人の男性。


 溢れる涙を流しながら膝をつく中年男性。そして、その隣で震える12歳のの少年。


 中年男性の胸を濡らす鮮血を少年が布で必死に抑えていた。


 リサの口から出る白い息が宙を舞い――それが合図であったかのように男性が叫んだ。


『逃げろ』


 同時に男性がリサの視界を覆い、反射でリサは引き金を引いた。


 銃声。白い雪の上に鮮血が舞う。


 男性は絞り出す最後の力で少年を庇い、リサの前に立ちふさがった。


 恐怖に歪められた男性の顔を、リサは今でも覚えてる。


 そして――短い脚を必死に動かし、小さくなっていく少年の背中も。


 

 ◇



 



「思い出しましたか? リサ・ラグナウッド」


 クラヴィスの冷たい声が、リサを現実に引き戻した。

 碧眼がすぐ近くでリサの瞳を覗いていた。

 

は『反乱軍ぼくたち』にとって唯一無二の存在でした。第二の父のような存在でした」


 冷たい殺気が、クラヴィスの瞳に宿る。


「あの人の訃報が一体何人の仲間を絶望に追いやったか」


 クラヴィスの指が、ゆっくりと引き金を引き始める。風がスミレの香りを運びリサを刺激する。


「――彼は僕の恩師でした」


 クラヴィスはゆっくりと言葉を紡いだ。


「僕に技術を与え、知識ちからを与え、一人で生きるための礎を授けてくれた……」


 クラヴィスが一瞬空を仰いだ。亡き人に何か懺悔をするようなそんな間だった。

 

「家族のいない僕にとって唯一と言っていい……父のような存在でした」


 クラヴィスの碧眼が再びリサを見つめた。咎めるような視線ではない。ただ、何かを確かめる瞳だった。


「――彼の名を覚えていますか?」


 クラヴィスの一言にリサはゆっくりと目を閉じた。

 自身の罪を、その許しを請うかのように、リサは静かに言葉を落とした。


「ノア・ディ……」


 その名前をリサは何度も頭の中で反芻した。

 ノアの罪と、彼が残した小さな「光」を。


 再び目を開けば、月明かりが悲痛に歪んだクラヴィスの顔を闇の中で照らしていた。


「なんだ、分かってるじゃないですか。それなら遠慮はいらないですね」


 何かを確信したような瞳だった。たまらずリサは目を閉じた。

 

 

 

 遠くで聞こえる泣き声が今もリサの胸を締め付ける。

 何度も手を伸ばそうとした。


 けれど触れようと手を伸ばすたびに、その姿は泥のように崩れ落ちリサを飲み込む。


 小さな音色が何度も蘇る。



 

 いつの時代の曲だろう。優しい音色。

 リサが一番好きで一番嫌いな曲。


 切ない音色の自鳴琴オルゴール

 


 


 ――銃声がリサの鼓膜を震わせた。



 

 

 しかし、次いで来たのは痛みではなかった――金属が衝突する冷たい音に続き、苦痛に満ちた青年クラヴィスの悲鳴が空気を震わせる。


 目を開ければ宙を舞う数滴の鮮血と、腕をおさえゆらゆらと数歩後ずさるクラヴィスが視界に映る。


 蝶番ちょうつがいの軋む音とともに、明るい廊下の光が室内に差し込んだ。


 小さな部屋に設けられた唯一の扉が開き、短い銀髪を揺らしながら一人の少女が姿を現した。


 ――翠玉エメラルドの瞳。

 それは闇の中でも一際光彩を放つ色だった。


「だ、誰だ……」


 クラヴィスの碧眼が突如現れた少女を視界に捉え、同時に驚きで目を見張る。


翠玉エメラルド……」


 幼さを残した青年の小さな声が室内に反響し、タイミングを合わせるように、少女ヨウが僅かに頬を緩めた。


「こんばんは……あるいは初めましてと言った方が宜しいでしょうか?爆弾魔サイ・クラヴィス


 ヨウ・エルディアの冷たい声がこだました。

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