第20話 親友・浦賀と飲み屋に行く
週末に浦賀仁良と会うことになった。
浦賀は高校時代の同級生だ。自動的に、と言うべきか、現状、僕の唯一の友人ということになる。
そして、初めて「無の時」が到来した時のエピソードの中で、欠かすことのできない人物。
それほど頻繁に連絡を取り合っていたわけじゃない。一か月……いや、二か月とか、間が空けば三か月ぐらいに一度、どちらからともなく連絡を入れ、会っていた。どちらからともなく、と言っても八割方は浦賀のほうからで、今回もそうだった。
『今度飲もうぜ』
誘い方もいつもどおりだ。
お店の場所はお互いの住まいの中間地点あたりで探すことが多かったが、さいわい浦賀の自宅から、僕の実家と仄杜町との距離は大差ないようだった。東か、西かのちがいでしかない。
そんなわけで場所はわりとすんなり決まり、いちおうお酒が入る予定だから自転車に乗るわけにもいかず、三十分かけて歩いて駅へ。電車に乗り、駅で降りる。
「よーう!」
先に来ていた浦賀が案内板の横からめざとく僕を見つけ、手を挙げてくる。頭一つ僕よりも上背があり、そこそこ肩幅もあるので初対面の人はまずスポーツ経験者だと想像するが、高校時代はどこか部活に所属したりとかはしていなかった。その点、僕と同じだ。
「なんかまたガタイ良くなってない?」
「お、マジか! おしっ」とガッツポーズ。
社会人になってから、スポーツジムに通って筋トレに励んでいるのだという。
駅から歩いて五分ほどのところにある飲み屋街の、赤提灯系の居酒屋に入った。格子戸を開け、紺色の暖簾をくぐる。
「渋いなぁ」
「うん。いいね」
若い男性店員の案内で、小上がりに席を占める。客入りは全体の半分ぐらいか。それなりに賑わっているが、飲み屋街の土曜日にしては今一つかもしれない。天井近くに設けられたテレビでは夜のニュースが流れていて、音声が控えめに聞こえてきていた。
お互いにビールを注文し、メニュー表を眺める。写真のない、筆文字で書かれた品名に目を通していく。
「やっぱこーいう店なら魚系だよなあ」
「魚は外せないね」
魚料理をメインに四、五品を注文し、まもなく運ばれてきたビールで乾杯した。
「けどマジで驚いたぜ伽羅、おまえが一人暮らしとか」
ビールをぐいと呷ってから浦賀が言った。そのことを伝えたのは、連絡が来てからだ。もちろん、会場を決めるために必要だったからというのもある。
「そんなイメージなかった?」
「ないない、まったくないね、高校時代の印象からすっとよ。仄杜町っつったっけ?」
「そう。知ってる?」
「仄杜町ってのは知らねーけど、ほぼ西の果てだろ。何もなさそうなイメージだけどな」
「まさにそう。何もないよ」
その代わりに幽霊が多い。そして悪霊に取りつかれている。
「なんでよりによってそんな場所にしたんだよ? 家賃か?」
「まあそれもある。都心の家賃なんか払える気しないしね。あとは、人に勧められて」
人に、ではなくキサラギという幽霊に、だけど。
「ふうん……その人も、何を思ってそんな場所を勧めたんだかねえ……って、いや悪ィ、おまえの住んでる場所をディスるつもりはねえぞ」
「わかってるよ。それよりそっちはどうなの。仕事、続いてるの?」
「おふくろか。いやまあ、そりゃな。中小のITあるあるなんて日常茶飯事だし、納期前ともなると下手すりゃ職場で日をまたぐ勢いだけどよ」
「それは、聞きしに勝る……それでも続いてるなんて偉いな」
「さいわい金払いは悪くねーからよ。それにいつまでも居座るつもりはねーけどな。あるていどまとまった金とキャリア作ったら大手に転職するよ」
そこへ、注文した最初の料理が運ばれてきた。甘エビの唐揚げと、揚げ出し豆腐だ。
それらをつまみながらビールを飲む。
「おまえはどうなんだよ、仕事。目指してた作家なれそうか?」
「まさか。もう書いてない。とっくに諦めてるよ」
「そか。てか、早くね? 卒業してからだろ、目指し始めたの。何年も経ってねーのに」
「早いのかもしれないけど、心が折れちゃった以上はどうしようもない。何か書こうと思えないし、書ける気もしないし」
「そか……それはまあ、しょうがねえよな」と浦賀。「じゃあアレか、高校からやってたライターで食いつないでる感じか?」
「まあね。新しいクライアントさんも見つかって、生活費も何とかそれで賄ってるよ。正規にしても非正規にしても、どこかに勤めるっていうのは、どうしても厳しそうだから」
「そうか……じゃあ、まだ……」
「そう、まだ。まだアレは続いてる」
透子さんと神薙清見を除くと、浦賀は「無の時」のことを知る唯一の人物ということになる。同時に、それをひっくるめて僕を理解してくれている奴でもあった。名は体を表す、じゃないが、「仁良」という名前の通りのお人好しだと思う。いい意味で。
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