第4話 裏庭の再会
翌日。
藤堂遼の朝は、ニュース通知とネットスレの地獄絵図から始まった。
スマホ画面に並ぶ文字列は、ほぼ暴力だった。
『新宿駅で雑魚男、奇跡の一発!』
『ギリ生還した男、運だけでモンスター撃破www』
『#雑魚男チャレンジ がトレンド入り』
「いや待て、なんで俺がチャレンジ対象!?」
裏庭のベンチに腰かけ、遼は頭を抱えた。
大学の裏手にあるこの芝生広場は、普段なら誰も来ない。
だが今日だけは、ネットの荒波が押し寄せてきていた。
「……奇跡の一発って、あれマジで命懸けだったんだけどなぁ」
ニュースアプリのトップには「新宿ダンジョン出現」の文字。
各局がこぞって放送しており、ついに現実として社会問題化していた。
『政府、沈黙を続ける』
『SNSでは“探索者”を名乗る者が急増』
「うわぁ……俺、完全にネタキャラじゃん……」
スレをスクロールすると、アイコン付きで動画まで上がっている。
昨日、自分が怪物を倒した瞬間の映像――
スマホを構えてたあの人たち、やっぱ撮ってたのか。
「……俺の人生、ネットネームになってんだけど!?」
嘆いても現実は変わらない。
ため息をつきながら、遼は空を仰いだ。
そのとき、背後から静かな声がした。
「……来たわね」
振り向くと、そこに立っていたのは香坂真琴だった。
昨日の戦闘服姿とはまるで別人。
今日は大学のブレザーに黒いカーディガン。
髪も後ろでひとつにまとめていて、知的な雰囲気が漂っている。
「お、おはよう……いや、昨日ぶり?」
「挨拶より大事な話があるわ」
いきなり核心だ。
真琴はベンチに近づき、スマホを取り出した。
「これ、見覚えあるでしょ」
> 【探索者管理システム】
公式認可アプリ:削除不可
「うわ……それ、俺のにも勝手に入ってたやつ!」
「やっぱり。アンタのも“登録済み”になってたわね」
「登録っていうか、勝手に人生ハックされてるだけなんだけど!?」
そう言いながら遼もスマホを掲げた。
その瞬間、画面が勝手に切り替わる。
> 【探索者:藤堂遼(Lv2)】
所属:未登録
階級:Eランク探索者
「うわっ、勝手に出てきた! ってかEランクって何!?」
「昨日の戦闘で、正式に探索者として認定されたのよ」
「勝手に就職させんな! 俺、バイトの面接すら落ちてんのに!」
真琴はくすっと笑ったように見えた。
が、すぐに表情を戻して真面目な口調に戻る。
「……探索者は、“あの穴”を攻略する存在。
放っておけば、怪物はどんどん外に出てくる。昨日のは、その第一波にすぎない」
「ま、マジか……昨日のだけで限界なんだけど」
遼の背中に冷たい汗が伝う。
あの血の匂いと、絶望的な空気。
あれが“序章”なら、今後どうなるんだ――。
「政府はまだ沈黙を続けてるけど、内部ではもう動いてるわ。
探索者の情報はすでに管理されてる。私たちは、正式に“戦力”として扱われるはず」
「戦力……俺、Eランクだぞ? 家の犬より弱いと思うけど」
「Wi-Fiの通信範囲くらいの戦闘範囲ね」
「上手いこと言うな!? 笑えねぇよ!」
「でも現実問題、戦う人間が必要なのよ。
混乱が広がる前に、誰かが“向き合う”しかない」
真琴の声には揺らぎがなかった。
その冷静さに、遼はどこか安心すら覚える。
「……お前、怖くないのか? またあんなのと戦うとか」
「怖いわよ。でも、放っておけない」
一瞬だけ、風が止まる。
真琴の瞳がわずかに揺れた気がした。
強い人間ほど、恐怖を隠すのが上手い――遼はそう思った。
「……そういえばアンタのスキル、《アビリティジャック》ね」
「うん……あれ、どう考えても欠陥スキルだろ。
“瀕死状態”じゃないと発動しないって、命懸けすぎる!」
「条件は厳しいけど、発動すれば一時的に相手の能力を“奪える”。
危険だけど、理論上は最強クラスのスキルよ」
「理論上って便利な言葉だな!? 現実では即死なんだけど!?」
「でも昨日、それで私の氷槍をコピーして怪物を倒した。
……あれがなければ、私もここにいなかった」
「……!」
真琴は淡々と語るが、ほんのわずかに口調が柔らかい。
遼は思わず聞き返した。
「え、今、俺のこと褒めた?」
「勘違いしないで。背中を預けるなら、逃げない奴であってほしいだけ」
「……それ、十分嬉しいセリフなんだけど」
「調子に乗らない」
ツンとそっぽを向く真琴。
でも、その耳がほんのり赤いのを遼は見逃さなかった。
(……やっぱ、ちょっと可愛いんだよな)
心の中でそう呟いた瞬間、スマホが突然震えた。
【新規探索依頼:新宿西口・第一階層】
期限:24時間以内
成功報酬:探索ポイント+100
「……え、また来たの!?」
「やっぱり。昨日の続きね。向こうは待ってくれないみたい」
「いや、昨日の死闘から24時間も経ってねぇぞ!?
体力ゲージ赤どころか、精神ポイントもゼロだって!」
「文句言ってる暇があったら準備しなさい。
放置すれば、怪物が街に溢れるわ」
「うぐっ……正論すぎて反論できねぇ……」
遼は頭を抱えながらも、胸の奥に奇妙な熱を感じていた。
恐怖だけじゃない。あの瞬間――戦って、生き延びた“実感”がまだ残っている。
「……俺の大学生活、終わったな」
「最初から始まってなかったでしょ」
「ひでぇ!」
真琴がスマホを操作し、アプリに指を滑らせる。
淡々とした仕草の中に、微かな決意が見えた。
「行くわよ、藤堂。今度は正式に、パートナーとして」
「……了解。どうせ逃げても、スマホが許してくれなさそうだしな」
二人は並んで立ち上がった。
その瞬間、通知音がもう一度鳴る。
> 【探索カウント開始:23:59:59】
数字が淡々と減っていく。
まるで世界が、再び彼らを引きずり込もうとしているようだった。
真琴の背中を見送りながら、遼は小さく呟いた。
「……もう戻れねぇんだろうな」
キャンパスの空はいつも通りに青い。
学生たちの笑い声も、昨日と同じ。
だけど、自分の世界はもう“普通”じゃない。
スマホの画面には、淡く光る文字。
【探索開始まで残り:23時間55分】
風が吹き抜ける。
遼はゆっくりと息を吐き、笑った。
「……あーあ。マジでRPG始まっちまったな」
それでも、不思議と胸の奥は軽かった。
――こうして、藤堂遼と香坂真琴の“探索者としての日常”が始まった。
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