ダンジョン・ブレイク〜スキルコピーするだけで最強の俺、ダンジョンで恋も奪う

源 玄武(みなもとのげんぶ)

第1話  新宿ダンジョン出現

 夕方、ビルのガラスに沈みかけた太陽が反射し、オレンジ色の光が街を染めていた。

  新宿駅西口。人の波、車のクラクション、どこか焦げたコーヒーの匂い。

 

「……人、多すぎ」

 藤堂遼はスマホを片手に、ぼそっとつぶやいた。

  大学帰り。 講義は眠気との戦い、サークルは幽霊部員、バイト先では無口担当。

  自分で言うのもなんだが、人生に波風ゼロ”だった。

(ま、今日も平和ってことで……)


  スマホを開き、掲示板に「草」って一言だけ書き込む。

 これが彼の日課だ。誰にも迷惑をかけず、誰にも覚えられない存在。 ――そのときだった。


「……え?」

 駅前ロータリーの中心。

 噴水の上に、黒い靄がふわりと浮かんでいた。

  最初は煙かと思った。

  けれど次の瞬間、それは空間を裂いた。


「な、なんだあれ!?」

「やばい、逃げろっ!」


  空気が変わった。

  風が逆流し、ビルの窓ガラスが一斉に震える。

  まるで空間そのものが吸い込まれるように――穴が開いた。

  黒。 音も、光も、熱も吸い込む、絶対的な“闇”だった。

「……冗談、だろ?」

  遼が後ずさる。

  周囲の人々は一斉に悲鳴を上げ、逃げ惑う。

  だが、その穴から――何かが出た。

 ずしん、と地面が揺れる。

  二メートル半はある巨体。

  灰色の皮膚、狼の頭、長い腕の爪には血が滴っていた。


「……おいおい、CGかなんかの撮影?」

言ってから、自分でも馬鹿なことを言ったと思った。

 次の瞬間、その“怪物”が車を片手で粉砕した。


「う、うそだろ……!」

逃げ惑う人々。 悲鳴。泣き声。

――そして、目の前で一人の男性が爪に貫かれた。

(やばい、逃げ――)

 そのとき、遼のスマホが突然振動した。


【探索者適性検知】

 あなたには探索者適性が確認されました。

  登録を行いますか?


「……は?」

ありえない文字列。

だが、画面のボタンは勝手に押された。


【登録完了】

  藤堂遼(Lv.1)

 HP:100/100

  スキル:【アビリティジャック】


「……は? 何それ、ゲーム?」

  怪物の影が落ちた。

  遼が顔を上げた瞬間、巨大な腕が振り下ろされ――


 「うあっ!?」

  避けきれず、吹き飛ばされる。

  アスファルトに叩きつけられ、肺から空気が抜けた。

  体のどこかが折れたような感覚。

 視界が揺れる。

  HPバーが赤く点滅する。

【HP 9/100】

(……まじか、死ぬ、これ……)

  そのとき、視界の端に文字が浮かんだ。


> 【条件達成:アビリティジャック発動可能】 発動条件:自身HP ≤ 10%

(な、なにそれ……!?)

  手が勝手に上がる。

  視線の先――怪物。

 その周囲に、奇妙な光の線が走った。


> 【対象ロック】 能力データ取得中――


「が、があああああああっ!!」

  遼の意識が爆発するような衝撃に包まれる。     全身を黒い稲妻が走り、頭の中で何かが弾けた。


> 【能力断片取得:野生再生 】


「……はぁ、はぁ……何だ、これ……」

 瀕死のはずの体が、じわりと動く。

 痛みが少しだけ引いていく。

  それでも、呼吸ひとつで吐き気がするほど辛い。

(“瀕死じゃないと発動できないスキル”って……バグじゃね?)


「そこ、伏せて!」

 鋭い声が響いた。

 次の瞬間、風が裂け、何かが通り抜けた。


「っ!?」

  灰色の怪物が、吹き飛ぶ。

 その前に立っていたのは――黒髪の女。

 高いポニーテールが揺れ、戦闘用のスーツが夕陽を反射して光る。

  長い脚、鋭い瞳、無駄のない動き。


「なにボーッとしてんの。死ぬよ?」

「……は、はいっ!?」

遼は反射的に立ち上がる。

だが足がふらつき、再び膝をつく。


「……探索者登録、されてる?」

「え、あ、たぶん……されてる、みたいで……」

「なら戦いなさい。生き残るために。」

そう言って、彼女――香坂真琴は再び怪物へと突っ込んだ。

  手にした長いブレードが青く光る。

  斬撃が空を裂き、怪物の腕が宙を舞った。


「すげぇ……」

 遼が見惚れる間にも、彼女は滑るように距離を詰め、 蹴り、斬り、かわし――人間離れした戦闘センス。


「ぼさっとすんなっ!」

「ひぃっ!?」

  香坂の蹴りが飛び、遼の体ごと後方へ転がる。

 その直後、怪物の爪が彼のいた場所を貫いた。


「……マジで死ぬかと思った……」

「まだ生きてるなら、手伝って。」

「いや無理無理無理! 俺レベル1だし!」

「関係ない。ここで立てなきゃ、全員死ぬ。」

 香坂の瞳は冷たく、しかし――ほんの一瞬、優しかった。

 怪物の咆哮が再び街を震わせた。 ビルの窓が砕け、街灯が倒れる。

  地面のひび割れから、黒い靄が溢れ出す。


>【警告:ダンジョン化進行中】

「……は?」

「ダンジョン化――現実が、侵食されてる!」   香坂が遼の腕を引いた。

 逃げる。ビルの陰へ、瓦礫を飛び越えて。

  背後で、街が異世界に変わっていく。

  アスファルトが黒い岩に変わり、空が暗く染まる。


「――なんなんだよ、これ!」

「知らない。でも、もう戻れない。」

 彼女の言葉が、妙に現実味を帯びていた。

  再び怪物が迫る。 香坂の動きが止まる。脚を負傷していた。


「っ……足が……」

「ま、待って、俺が……!」

 遼は震える手を伸ばす。

 HPはまだ50。 ――つまり、発動できない。


「(くそ……発動条件、瀕死限定……!)」

 ためらう時間はない。

  遼は自分の手に落ちていた鉄片を握り、腹に突き立てた。


「――ッ!」

【条件達成:アビリティジャック発動】

「あなた……バカなの!?」

「……俺、バカでいいから。死にたくないし、守りたい人、いるから。」

黒い光が再び全身を包み、能力が流れ込む。


【取得:強化筋力(中)】

「……行ける!」

 遼は咆哮を上げ、怪物に飛びかかった。

 拳を叩き込み、牙を避け、渾身の一撃を放つ。


「うおおおおおっ!」

 拳が閃き、怪物の胸に風穴が開く。

 轟音とともに、巨体が崩れ落ちた。


「……やった、のか……?」

「やった……わね。」

 香坂が微笑んだ。

  その笑顔を見た瞬間、遼は安心してその場に崩れ落ちる。


> 【HP:3/100】

【アビリティジャック:クールタイム発生中】 (……死ぬかと思った。てか、ちょっと死んでるかも……)

遠のく意識の中で、彼は聞いた。

「――あなた、名前は?」

「……藤堂……遼……」

「覚えておく。私は、香坂真琴。これから、地獄が始まるわよ。」

  視界が暗転した。 新宿の街は、完全に異界へと沈み込んでいった――。

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