第10話 古の魔導が導く生還

 ロンドンの夜霧が街灯りに煙る頃、アーサーは大学図書館の閉館時刻まで資料調査に没頭していた。エディの不正の証拠を求めて、彼は17世紀の魔導警備システムに関する文献を調べていた。この時間の図書館はほとんど人がおらず、彼の足音だけが響いていた。


「ふう…」

 アーサーは疲れた目をこすりながら、最後の一冊を書架に戻しに向かった。その時、彼の魔導考古学者としての勘が鋭く警告を発した。


 書架の間の空間に、かすかな魔力の乱れが生じている。通常なら気にも留めない微細な変化だが、アーサーはそれが『シレジアの結節点』と同系列の魔導式によって引き起こされていることに気づいた。


「これは…罠か?」

 彼の心臓が早鐘のように打ち始めた。


 その瞬間、背後から物音がした。アーサーは反射的に身をかわし、大きな書架が彼の立っていた場所に倒れ込むのを見た。偶然の事故には見えなかった。


「誰だ!」

 アーサーの声は図書館の静寂の中に消えた。


 影から二人の男が現れた。彼らの動きは訓練されており、明らかに一般人ではなかった。


 アーサーは冷静さを保ちながら、周囲を素早く見渡した。ここは17世紀魔導学の書架エリアだ。彼の専門知識が唯一の武器になる。


「ごめんくな、ペンドラゴンさん」

 一人の男が低い声で言った。「これは事故として処理させてもらう」


 アーサーは背後の書架に手をやりながら、冷静に応じた。「エディの手下か?クソ、彼も随分と見くびったものだな。魔導考古学者を、ただの学者とでも思っているのか?」


 彼の指が書架の金属部分をなぞる。17世紀の図書館には、貴重書を守るための魔導防衛システムが組み込まれている。その知識は、現代ではほとんど忘れ去られていた。


 アーサーは古代魔導式をささやきながら、床に足で印を描いた。男たちは嘲笑しながら近づいてきた。


「魔導なんて、もう時代遅れだ」

 一人の男がナイフを抜いた。


「ふん、バカめ」

 アーサーが呟くと、図書館内の古いガス灯が突然輝きを増した。


 書架が微かに震え始め、影が不気味に蠢きだした。男たちの周りに、透明な壁が立ち現れた。


「な、何だこれは!」

 男たちの動きが止まった。


 アーサーは古い魔導防衛システムを活性化させたのだ。17世紀の魔導師たちが設計したこのシステムは、侵入者を幻影と物理的障壁で包囲する。


「図書館は私の領域だ」

 アーサーの声には自信が宿っていた。「ここでは、考古学者の知識が最強の武器なのだ」


 男たちは幻影の壁に阻まれ、身動きが取れなくなった。アーサーはこの機に逃げ出すことにした。


 彼は裏口から図書館を脱出し、雨の降る路地裏へと駆け込んだ。心臓は激しく鼓動し、全身に冷や汗がにじんでいる。


「エディが…ついに殺しを仕向けてきた」

 アーサーは震える手で壁に寄りかかった。「ちくしょう、これはもう、単なる嫌疑などではない」


 彼は次の行動を考えた。もはや単独での調査は限界だ。


「よし、二つの手を打つ」

 アーサーは独り言をつぶやいた。「まずはマルコム卿に報告する。それと同時に...反諜報部にも連絡を取る」


 彼はアパートに戻り、隠していた証拠の写しを二組用意した。一組はマルコム卿に、もう一組は反諜報部の責任者に渡すためだ。


「だが...誰を信じればいい?」

 アーサーはため息をついた。「くそ、この組織はことごとく腐っているかもしれない」


 彼は確信していた。エディは明らかにスパイだ。しかし、マルコム卿の素性も怪しい。それでも、行動を起こさなければならない。


 アーサーは机に向かい、二通の報告書を書き始めた。手はわずかに震えているが、決意は固かった。


「明日、すべてを決める」

 彼は窓の外の暗い夜を見つめながら呟いた。「エディ・ウィンチェスター、お前のゲームはここまでだ」


 しかし、アーサーは知らなかった。この決断が、彼をさらに深い闇へと導くことになるとは。組織の内部は、彼が想像する以上に複雑に絡み合っていたのだ。

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