#2 日常

 音楽に合わせて坂を猛スピードで下ると、その勢いのまま、セルリアンへ吸い込まれるように距離を縮めていく。


 セルリアンまで残り数メートルという所で彼はバイクの前輪を持ち上げウィリーの体制になり、そのまま一気に飛び上がり、後輪で一体のシビレを踏みつける。


「──────!!」


 そのまま、シビレをバイクの自重と重力の力で着地と同時にそれを踏み潰すと、その勢いのまま数十メートル程セルリアンとの距離を離して、ターンを素早く決めて停車すると、先程踏みつけたシビレに視線を向ける。


 そのシビレはクッキリとタイヤ痕が残りUの字型に凹んでは居たが、それを見たコンは舌打ちをする。


「チッ……潰しきれなかったか」


 凹んだシビレはみるみるうちに膨れ上がり、元の形に戻ると、ぴょんぴょんと跳ねながらこちら側に向かって動き始める。


 コンはバイクのサイドスタンドを蹴り下げ、自立させてから、バイクから飛び降りると積まれた荷物の中を急いで漁り始める。


 すると、寝袋やテントなどの荷物の下に明らかに浮いている銀色のジュラルミンケースを見つけると、それを引っ張り出してバイクのシートの上に置く。


 ふと、セルリアンの方に目を向けると距離は順調に縮まっており、残り十メートルを切りかけていた。


 コンは深呼吸をしてジュラルミンケースを開くと中にはガラスの容器に納められた二本の打製石器の様に歪な形のサンドスター製のナイフが入っていた。


「これでストックは最後か……」


 彼はポケットから取り出した黒い手袋を着け、ガラスの容器からナイフを両方取り出すと、一本は右手に、もう一本は腰裏のナイフホルダーに仕舞うと、ナイフの柄の代わりに巻いているパラコードをしっかりと腕に巻き付けてからセルリアンへとゆっくりと歩みを進めて行く。


「──────────……」


 セルリアンは不気味に彼を見つめ、両者の間を沈黙が支配する。


 その時、セルリアンが動き出し始める。


 コンはナイフを構えて戦闘態勢を取り、呼吸を整える。


「──────────!!!」


 その瞬間、セルリアンは何かに引き寄せられる様に雄叫びのような音を上げ、コンの真横を通ってバイクに向かって一直線、動き始める。


「無視……か」


 そう呟くと同時に彼はシビレの尻尾に掴みかかり、全力で引き寄せると同時にそれの上部にナイフを逆手持ちの状態で振り下ろし、シビレの中心を一閃、貫く。


「──────────!?」


 パキッという音がしたと同時にセルリアンは粉々に砕け散り、サンドスターのキューブへと形を変える。


 その瞬間、仲間の仇かの様にもう一体のシビレがこちらへ飛び掛るが、コンはそれをヒラリとかわしその隙に、ナイフを振り上げて左手を添えながら全力で突き刺し、もう一体のシビレもサンドスターキューブへと変えてしまう。


 しかし、その瞬間残されたファングセルがコンの右腕に向かって拳を振り上げ、彼は咄嗟の判断で体制を変えてナイフでその拳を受け止めようとするが、振り下ろされた拳の勢いにナイフが耐えられずに粉々に砕け散ると同時にコンに拳が直撃し、彼は数メートル吹き飛ばされ、地面に強く身体をぶつけて数回転してから停止する。


「……痛てて、効くな」


 そう言いながら体の痺れを押さえ付けてゆっくりと立ち上がると先程の衝撃で壊れてしまったであろう音楽の止まったラジカセの土埃を払ってから腰裏のもう一本のナイフを引き抜く。


 ファングセルがフヨフヨと浮きながらコンとの距離を着実に進める中、彼はナイフの柄の代わりに巻かれているパラコードの余り分を手首に括り付けてファングセルに向かって呟く。


「仕留めてやる……」


 その言葉に反応するかのようにファングセルは大きく拳を振り上げる。


 その予備動作から、拳の辿り着く軌道を予測したコンは全力で身体を逸らし、振り下ろされる特大の拳を避ける。


 ファングセルの拳は地面に突き刺さり、一瞬の隙が生まれ、その瞬間に彼は驚異的な身体能力で突き刺さった腕を踏み台にし、ファングセルの頭上に飛び上がり、その勢いに任せてナイフを全力で足元のファングセルの頭部に突き刺すと同時に重力に身を任せてファングセルの背中側から飛び降り、地面に着地しようとする。


 突き刺さったナイフは重力とコンの体重によって、ファングセルの後頭部を切り裂き、その傷口からサンドスターが溢れ出す。


「ついにやッ……」


 コンの顔に思わず笑顔が浮かんだその瞬間、ナイフに亀裂が走り、それに気づき声を上げる間もなく彼の身体は背中から地面に叩きつけられる。


「ガッ……」


 肺の空気が強引に吐き出される感覚に思わず声が出てしまい、全身の力が抜けてしまう。


 崩れた体勢から、コンはすぐに立ち上がろ うとするが、全身の痛みと呼吸の乱れでうま く動けない。その時、ファングセルが再び ゆっくりとこちらに向かい始めた。頭部から漏れ出すサンドスターは止まらないものの、決定打には至っていないようだ。


 コンは必死に動こうとするが、体の痛みが 彼をその場に縫い付けるように妨げる。ファングセルの大きな影が彼の上に覆いかぶさろうとしたその時――


「うみゃみゃみゃみゃー!!!」


 空中に突如現れた影が、ファングセルを切り裂き一瞬の内にサンドスターキューブに変えてしまう。


「サーバル!?」


 コンが驚きの声を上げると、サーバルはこちらに気付き、笑顔になると口元に両手を当ててメガホンの様な形を取って大声を上げる。


「ミライさーーーん! 居たよー!!」


 その声を聞いて、コンはゲッと言った表情になってサーバルに向かう。


「……ミライさんも一緒なのか?」


 サーバルは耳をピンと立てて、コンを引き起こそうと手を差し伸べた。


「うん!」


 コンは彼女の手を借りて立ち上がると、体を軽く叩きながら呟いた。


「それは……まずいな」


 そんなやり取りをしていると、少し遠くから砂埃を上げながら一台のスタッフカーがこちらに向かってくるのが見えた。


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