第16話 凍った街
拠点に着くと、陽太はさっそくケイに鱗を渡した。
すると、あまりの重さに耐えきれず、ケイは床に落としてしまう。
「ちょっ……おっ、も! よくこんなの持ってきたね!?」
「うーん。元の大きさの半分以下だから、軽いと思ったんだけど……」
「軽くないわ!! この状態でも俺の身長くらいあるよ?」
「ごめんごめん。とりあえず、これで人に戻す薬とか作れる?」
「できるかは分からないけど、できる限りのことはやってみる」
そう言いながら、必死に鱗を机へ引きずろうとする。
「……机に置くの、手伝ってくんない?」
ノアが鱗を軽々と持ち上げ、机の上に置いた。
次の瞬間、ガシャッという音とともに机が潰れた。
「あの……なんか、すみません」
……
陽太は川岸にしゃがみ込み、考え込む。
金髪の警官との戦闘、玄吾との戦闘、スズナとの戦闘、そしてドラゴンとの戦闘。
戦いに拘っているわけではない。だが、どうしても実感してしまう。
――自分の弱さを。
自分の意見や主張を通すには、何かしらの「力」が必要だ。
この世界では、転生者という立場は弱く、権力も低い。
ならば、転生者が持つ純粋な力――武力や魔法といった戦闘能力を、上手く使うしかない。
しかし、陽太の魔法は転生者としても弱く、警察や上澄みの一般人にすら劣る。
さらにノアの話では、人間の魔力量は完全に才能依存で、どれだけ努力しても増えることはないという。
加えて、陽太の体質では、他者から魔法を教わっても扱うことすらできない。
弱い自分を憎むように、水面を叩く。
そのとき、聞き覚えのある声がした。
「どうしたんですかー? また悩み事ですか?」
ドラゴンとの戦闘前、ここで会った少女だった。
その場には、どこか暖かく、不思議な雰囲気が漂っている。
「見れば分かるよー。その顔、自分に満足してないときの顔だ」
「あなたの勘ってすごいですね。俺の悩みを的確に当ててますよ」
女性は陽太の隣に屈み、顔を覗き込んで言う。
「悩んでても、君のやること、やるべきことは変わらないでしょ?
私はね、君のやることと、その先で起こることを見ていたいの」
そして、軽く笑う。
「それに、いざとなったら何とかなるよ」
そう言い残し、女性は立ち上がった。
「ちょっと待ってください! あなたは……」
陽太が言いかけた瞬間、拠点の扉が開き、ノアが出てくる。
それを見た女性は、そそくさと立ち去っていった。
「ノア……今の人って……」
「少なくとも人間ではありません。その域を遥かに凌駕する“何か”です。
とにかく、陽太さんが無事で何よりです」
拠点へ戻ろうとした陽太を、ノアが引き止める。
「ドラゴンの件ですが、この街へ真っ直ぐ向かってきているというニュースが出ています。
さらに不可解な点として、私の魔法で弱っているはずなのに、映像では既に回復しているように見えるんです」
「魔力量が多いと、再生能力も高くなるの?」
「たしかにその傾向が強いです。ただ、あのドラゴンがそこまでの再生能力を持っているのかは……」
首を傾げ、納得がいかない様子だ。
「この街に来るなら、警察に狙われるよね。だとしたら、まずいな」
「街に到着するまでに薬が完成すればいいのですが……できる限りサポートします」
ノアはケイの部屋へ向かい、陽太は一人残された。
何もしないわけにもいかず、陽太は一通りの家事をこなす。
だが、その日のうちに薬は完成せず、翌日を迎えた。
そして、ドラゴンはこの街に到達してしまう。
……
街は氷に覆われ、建物の多くが凍りついていた。
幸いにも、大半の住民は避難を終えている。
警察は街に到達する前に討伐を試みたが、壊滅。
対人戦のエリートであっても、化物相手では歯が立たなかった。
――しかし、転生者すら倒す警察が、化物相手と言えど、ここまで簡単に壊滅するのは不自然だ。
……
「危険です、陽太さん!
ドラゴンは強くなっています! 魔法練度が上がり、昨日とは比べものになりません!」
「それでも行かないと。
あのドラゴンが本当にスズナさんなら……こんなこと、望んでないはずだ」
「警官がドラゴンだなんて、確証はどこにもありません!
それなのに、陽太さんが傷つくのは見ていられません!」
それでも陽太は、落ち着いた声で答える。
「あのときだって、ノアを助けられる確証はなかった。
心が消されていた可能性だってあった。
それでも、助けを求めているかもしれないなら、全力で助けに行く。
それだけだよ」
陽太は扉を開け、街の中心へ駆け出した。
ノアは止められないと分かっていた。
陽太の自己犠牲の激しさを、誰よりも理解している。
だからこそ、サポートに回る。
「マスター、薬は完成しましたか?」
「まだ。それに、完成しても効果があるかどうかは……」
「それで構いません。位置情報を送ります。完成したら届けてください」
そう言い残し、ノアは陽太の後を追った。
……
街の中心部に到着すると、肺が壊死しそうなほどの寒さに息を呑む。
吹雪が荒れ狂い、その元凶が目の前にいた。
陽太は剣を構え、ドラゴンへと飛びかかる。
だが、即座に氷の球体に閉じ込められ、
内壁から氷の棘が伸び、陽太を襲う。
剣で棘を弾き、その勢いを利用して残りも回避する。
戦型を切り替え、球体の壁を破壊して脱出した。
「スズナさん! 聞こえますか! 目を覚ましてください!」
しかし、その声は吹雪に掻き消され、届かない。
そして陽太は気づく。
目の前のドラゴンとは別に、もう一つ――巨大な影があることに。
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