箱庭の標本 ──愛は罪でした──
柴田 莉音
第1話
この世には一体どれくらいの神様がいるのだろうか。
神様という言葉が軽々しくなった世の中では人口と同じくらいの神様がいるかもしれない。
尤も、自分は生まれついた家が宗教を経営していたというだけの無神論者なため、心根から崇めるような相手はいないのだが。
むしろ……崇められる側である。
顔の区別がつかないほど多くの人間が、下の階で祈りを捧げている。それでも二、三階分しか離れていない為、信者達からは此方の顔は見えているだろうし、此方側からも信者達がどのような反応、動きをしているかは目を細めなくても手に取るようにわかる。
「山羊様のご子息様だ!!」
「あの黄色の着物はミラ様だ、!」
「ミラ様!!」
祈りを捧げていた信者の1人が気付いては、水面に落ちたインクが広がるように、ゆっくり、それでも確実にざわめきが大きくなり広がっていく。山羊様とはこの宗教の教祖のことで、八鬼ミラの生物学上の父親である。
教祖という時点で世間一般の家族とはだいぶ違うだろうが、それ以外にも山羊は多くの家庭を築き上げている点が世間との大きな違いだろう
多くの妻子を持つ事など普通の人間からしたら受け入れ難く、非難されることだろうが、この宗教内でそんな事は起きない。
熱心な信者達は山羊に救いを求めているのだから、そんな山羊を否定し、嫌われるということは信者達からすれば死刑宣告以上のものらしい。
絶対王政のようなこの宗教では、次の教祖も現教祖が指名する。
それまでは子として認知されない
つまり、生物学上は父親だが書面、法律上は父親では無いということだ。このカタチは残された書面等の疑いようのないモノだけをみても明治には始まっていた。
不確かな事を言えば、もっと昔からこの宗教が存在しており影のように根付いていた可能性もある。真偽なんて分からないが、わかったところでそれが何になるというのか。
顔もカタチもぼやけるような人の山をみていれば表情を作るのを忘れていたらしい
先程までの歓声が今は不安の波となっている
そんな人の山にしっかりと優しい微笑みを向け軽く手を振る、そうすれば先程までの不安さは何処に行ったのだろうかと言うほど、明るい歓声に包まれる
──笑顔ひとつで変わるのだから安い救いだ。
地下牢へ行く扉をくぐった時、その顔には静かな冷笑だけが残っていた。
入り組んだ道を歩き、仕掛けを解きながら進む。下手すれば昨今大人気な脱出ゲームよりかも難しいのではないのだろうか。だが、脱出ゲームと違い、解けた先にあるのは歴史的とも言えるほどの遺恨の塊。座敷牢だった
「おはよう。昨日はよく眠れたかな?」
座敷牢の中には成人済の男が7人。どれも猿轡をつけられ手足には長い鎖が繋げられている。声をかけられた男のひとりが牢を開けろと言わんばかりに体当たりを始める。見た目は木の柵だが、中には鉄が埋められているため鈍い音が鳴り響きわたるだけだ。壊れない、意味が無い、そう気付いたのか体当たりをやめて喋れない口の代わりに目で訴えかけてくる
「憐、あの子の猿轡を外してくれるかな」
「分かりました」
横にいた付き人に声をかければ牢の錠が開き
男の猿轡が解かれる。
「おまえ、!!こんなことしてタダです、」
言い切る前に付き人の蹴りが腹に入った。バランスを崩した男は芋虫のようにまるまることしか出来ない
「ミラ様への口の利き方には気を付けろ汚物が」
芯から冷えたような声と呻き声が地下に響き渡る。座敷牢は地下にあるため空の光は届かず、人工的な明かりだけが部屋の中を照らす
そんな人工的な光の下で見る、付き人の顔は石造りの座敷牢の冷たさよりも冷ややかだった。注意しようかと一瞬悩んだものの、幼い頃からの付き合いであるため、コレに関しては注意しても変わらない。と、身を通して実感している
そのため注意はせず「話せなくなると困りますから程々にしてくださいね」なんて笑って済ます。
付き人である憐がボクに手を出すことは有り得ない、もしそんなことをするくらいならコイツは自分で舌を噛み切って自害するだろう。
教祖となっていない、次期教祖候補の段階の今でさえミラの信者は多いが、一番の信者は彼だと断言できる。それはまだ幼いが故に救い方を間違えた自身の過失でもあるのだが……。
あの時、もう少し突き放しておけばここまで依存されることはなかったのだろう。後悔先に立たずというが……未だに、男をゴミ見るような目で見下す憐にミラは心の中で溜息を吐いた。
「さて、今回の事件についてお話して貰えますか?」
合わせた目はお互い濁っていた。
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