言の葉、重ねて。

小音そろ

ep.1 私が飛び出した街

カラッとした空気、色の薄い街、枯れ木と灰がかった緑の山。最低限の店と、それを補うように築かれた人間関係。狭い狭いそんな世界に私は帰ってきた。


まぁ、帰省なんだが。


両親から、「顔を見せてくれないと早死する」なんて冗談のようで実は本当なんじゃないかと思わせる脅しを言われ、私、酒井咲希は5年振りに地元に帰ってきた。


帰ってきて早々、

「それじゃ、大掃除手伝ってくれんか!」

と父から言われ、渋々手伝うことに。


「久々に帰ってきた娘に実家の大掃除って。ゆっくりするつもりだったんですけど...」


「まぁ、そう言わずに...な?咲希もせっかく帰ってきたんじゃし、親孝行したいじゃろ?それに、お父さんはまだ、急に家から出て行ったことがショックで立ち直れてないんじゃ...あぁ、心が痛い...」


痛いところを突かれ、何も言えなくなる。

"田舎"と形容するには申し分ないこの街を、私はずっと好きになれなかった。

中学の頃から都会に憧れ、キラキラのキャリアウーマンとして生きていきたいという思いが、年齢を重ねるごとに強くなっていき、高校卒業と共に、一人で、この街から飛び出した。しかも、親に何も相談せずに。

怒られるというか絶対止められると決め込んでいた私は、一人で東京の大学のパンフレットを集め、勝手に出願し、親の代筆も勝手に行い、入学したのだ。まさに、勘当ものである...


「それに関しては...本当にごめんなさい...」


その言葉に父は大きな声で笑い、

「まぁ、お前ならやりかねないかな〜なんて思っていたし、第一、こっちも気づいてたからのう。放任し過ぎたこっちの責任じゃ、わはははっ」

豪快に笑い飛ばしてくれて少し助かる。


「それにいいか?大掃除っていうのは、ただ掃除するだけじゃない。懐かしいものとか思い出の詰まったものとか、見つかったら楽しいじゃろ?そんな思い出を噛み締めながら、忘れないように心に留めて、ポイッと捨てる。そういう儀式なんじゃ」


「思い出ねぇ。それはそうだけど、出ていく時に書き置きで実家に残した私のものは全部捨てていいって書いてなかったっけ?なーんで、そのまま残ってるの?」

「...いやっ、そんな記憶はどこにも...」

そう言って父は母のいる台所に逃げ込もうとする。

「お・と・う・さ・ん?」

「仕方ないじゃろ!!娘の成長記録をそう易々と捨てられるわけなかろうが!!」

「だからってそれを私に処理させるのか!」

「お父さんじゃどうにもならないんだよ〜!うわぁーん!」

そう言って私に泣きついてくる父。うちの父は昔からこんな感じだ。



「あれ?2人ってそんな仲良い親子でしたっけ?」

笑いながら、家の庭からひょこっと1人の男が入ってきた。


「健くん!」

「よっ。久しぶり」

クッと口角をあげる笑い方、昔と変わらない。

「石井くん、助けてくれないか〜娘が掃除をしたくないってうるさいんだ〜」

「はぁ?!何言ってんの!お父さんが捨てられないって」

「わ〜かってる、わかってる。お前のことだから、どうせ良いように言いくるめられて、断りきれずに手伝ってんだろ?」

「まぁ、そういうこと...」

「ハハッ、お前はほんとに面倒見のいい女だよ。」

「"女"って呼び方、今の時代はダメなんだよ」

「へいへい、すみませんね。"お嬢さん"」


昔からそうだった。高一の頃からよくつるんでて、何にしてもおちょくって来て、いつも楽しそうで、だからこっちも楽しくなる。ムードメーカーな健くん。彼と会うのも5年振りだ。

「そうだ、これ!」

そう言うと、健くんはおもむろに懐から瓶を取りだした。

「いい日本酒が手に入ったんで、みんなで一緒に、どうです?」

「おぉ!いいねぇ〜!じゃあさっそく...」

「お父さん?」

「...はい、冷やしてきます。」

父はそう言うと、怯えるようにキッキンへと向かった。

そんな姿を楽しむかのように、

「お前の親父、ほんとおもしれぇな」

「そりゃどーも」


ひと笑いの後、少しの静寂。そして、健が口を開いた。

「なぁ」

「ん?」

「颯太には、会ったか?」

心がキュッと縮むような感覚。

「いや、会えてないよ」

健の返答は淡白なものだった。

「そっか、悪い。変なこと聞いた」

「ううん、別に」


少しして、勢いよく健が立ち上がる。そして、いつもと変わらないように話し始める。

「また夜になったら来るわ。美味い飯、作っといて。楽しみにしてっから」

「うん。分かった」

「じゃあ、また後で〜」

手を振りながら、彼は家を後にした。


また、少しの静寂が包む。強めの風が吹いてふと我に返る。

奥からドタドタと父がやってくる。

「そうだこれ、石井くんのお父さんに渡しておいてって...もう帰っちゃったか」

「うん、また夜になったら来るって」

「そうか、ならその時でええか」

「掃除、続けるよ!早くしないと終わんないんだから!」

そうして私はグッと立ち上がり、掃除の続きを始めた。


かれこれ、1時間程だった時だった。

自分の机の引き出しからひとつの封筒を見つけた。

見覚えのない紙をまじまじと見つめる。

「なにこれ...?」

父に見せても、

「さぁ?見覚えないけどなぁ…」


封筒の裏を見る。

「え...?」


その時、家の裏から男性の声が聞こえてきた。

「お世話になってま〜す。西園で〜す」

聞き馴染みのある声、くすんだ思い出がフラッシュバックする。

刹那、私は声のする方へ向かっていた。

キッチンの奥に、彼はいた。

「今年もでかい大根取れたから、あいつに送って...」

目が合う。完全に無音の空間。

「颯太...」

気まずそうな表情を浮かべた彼は、振り返って走り出した。

「ちょっと待って!これ!」

追いかけるも、彼はとうに追いつけないところまで走って行った。

後ろから追いかけてきた父が話しかける。

「咲希、その手紙は...」

封筒を裏返すと、端に"西園颯太"と書かれていた。

「あいつからの手紙。私の知らない...」




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