第11話
目が覚めたのは、深夜二時。枕元には映画の半券が置いてある。
随分と臨場感のある夢を見た気がして、しばらく余韻に浸っていた。それから体を起こして、目を擦る。電気は点けっぱなしだった。
パソコンの画面が光っている。電源を落とすのを忘れていたようだ。ふらりと立ち上がって、椅子に座る。昨日見た映画のホームページが、目の前に映し出されていた。
これは酷い映画だった。脚本家の名前を見ながら、映画の内容を振り返る。
――ちゃんと考えて作ったのかなあ。
どこかで聞いた言葉が、ふいに頭をよぎった。
考えて作った。そんなはずがない。だって脚本は大御所芸能人だ。どうせ、知名度があるからキャスティングされたのだ。妄想を並べておけば観客は満足するのだと、高を括ったのだ。
段々と腹が立ってくる。ブラウザバックして、今度は大御所芸能人の名前を検索してやった。便利な時代だ。エンターキーを押すだけで、人の黒い噂が出てくるのだから。
予想とは裏腹に、批判的な記事は見つからない。仕方がないので、芸能人と映画の名前を同時に入力する。これなら見つかるだろう。
最初にヒットしたのは、あの映画の制作秘話だった。その芸能人もコメントを寄せているらしく、「批判や誹謗中……」という本文の一部が、リンクの下に書かれている。叩かれているのだろうと思って、クリックしてみた。
制作秘話は、どうやら対談形式でのインタビューだったらしい。監督や役者の顔に吹き出しがついていて、そこに文章が書かれている。吹き出しに「ZZZ」と書けば面白いのに、だなんて呑気に考えてしまった。
『二度目のオファー、ありがとうございます。前回がアレだったので、次はないものだと思ってました』
脚本家の台詞は、それから始まった。
『前作も悪くなかったよ。あまりに批判や誹謗中傷が多くて、勘違いされただけ』
監督の顔は、いかつくて真面目そうだ。名前は栗紅葉里予さん。栗紅葉が苗字で、里予が名前なんだろうか。普通に考えて偽名だろう。
『芸能人だからですかね(笑)』脚本家の台詞だ。
『まあ、はっきり言えばそうだ。別にねえ、芸能人だからオファーしたわけでもないんだけど』
『そうなんですか?』役者の驚いた顔。名前は立川琴音さんだ。こちらは本名だろう。
『うん。広告会社は知名度で押し出してるけど、やめてほしいな。名前は出さないけど、結構有名な俳優さんだって落としたんだからね。何してるのって子供に叱られたよ(笑)』
監督の顔が、どこかで見たことあるような気がしてならない。名前だって、たった今初めて知ったのに。
夢中になって、ページをスクロールする。
『ずっと夢だったんでしょ? 脚本書くの』
『子供の頃からの夢でした。昔は脚本家を目指してたんですが、新人賞の一次選考も通過できなくて(笑)。夢を諦めてたときに、脚本の話を頂いたんです』
『ぼくはね、頑張ってる人と仕事がしたいんだ。頑張ってる人と映画を作ると、ぼくまで元気がもらえるからね』
『仕事の合間を縫って、何本もの映画を観ました。脚本のお作法の本も買って、今じゃ本棚にびっしりです(笑)』
『そう、だから今回もオファーしたんだよ。頑張れば報われる。誰かに刺さる。いつか誰かが理解してくれる。誹謗中傷も、きっとなくなるよ』
そこでページを閉じた。まだ半分ほどだが、これ以上読みたくない。
あの芸能人は、自分なりに苦しんでいたようだ。その技術はともかく、肩書きじゃなくて物語で戦おうとしていた。その点に関しては、僕の勘違いだった。顔を合わせる機会があったら、面と向かって謝罪したい。
だけど、小手先だけの努力じゃ仕方がない。観客がそこにいる以上、一定のクオリティに仕上げる必要がある。というか絶対だ。
そもそも、いつか誰かが理解してくれるって、監督は何様なのだ。そりゃあ、脚本家に対する表面上の慰めなのかもしれない。でも、観客に理解を委ねるような態度を、公のメディアで見せてしまうのはいかがなものか。
努力だけを評価して、完成度の低い脚本で映画を仕上げた監督にも、責任を追及したくなる。
中二の夏を思い返す。あの頃の僕も同じだった。自分が作ったから最高だと思っていた。誰もが褒めてくれると確信した。一番だと信じて疑わなかった。手ですくったら砂のようにこぼれる努力を、努力なのだと主張した。
今は分かっている。努力に努力を重ねて、途方もない時間を費やさないと、創作物は光沢を帯びないのだと。一番にはなれないのだと。
パソコンの電源を切って、照明を落とす。ベッドに倒れ込んで、枕に顔を当てた。「ぐうう」と声を洩らす。こいつはよく音を吸い取ってくれる。感情がぐちゃぐちゃになったとき、どれだけお世話になったことか。
息を吸おうとするが、吸えない。口も鼻も塞がっているからだ。顔を少しだけ上げて、鼻の穴に通り道を作ってやる。これで呼吸ができる。
何度か空気を取り込む。かすかにレモンの香りがする。正体はすぐに分かった。陽葵だ。いつもベッドに寝転がっているから、匂いが移ってしまったのだろう。背徳感と罪悪感に苛まれる。仰向けになっても、レモンの香りがまだ漂う。
陽葵の顔が頭に浮かんで、消えてくれない。
最初は、ただの幼馴染だった。勉強も運動もできないけど、文章が綺麗なやつ。それだけだったのに、いつしか羨んで、嫉妬して、背中を追いかけている。あの類まれなる文章の才能が、陽葵を陽葵と認識させてくれない。
伸ばした手は、もう永遠に届かないんだろうか。
いや、ちょっと待てよ。
勢いよく体を起こす。両手を後ろについて、上半身を支える。
今まで僕は、陽葵の文章を才能だと思っていた。なぜなら最初に読んだときから美しかったからだ。だから信者になった。尊敬して、嫉妬した。
でも。「誰かに刺さる」という、あの監督の言葉が離れない。「刺さる」ってのは、要するに、技術云々よりも感情が先走って「最高だ」と叫ぶことだ。
そこで一つ、推測が立った。
最初から陽葵の文章を素晴らしいと感じたのは、作者の腕ではなくて、読者の受け取り方――刺さり方が原因だったんじゃないかって。
最初、陽葵の文章は上手じゃなかったかもしれない。技術も芸術性もなかったかもしれない。だけど、この僕にドストレートで刺さった可能性がある。
根拠はあった。小説という誰にも負けない武器を持つ陽葵が、自分に自信が持てない女子中学生を主人公にした『ナンバーワン』を書いたことだ。
それは、作者の陽葵が自分自身をモデルにして、ちゃんと創作物を仕上げた証拠ではないのか。
確信はない。あの監督が言うには、創作物は誰かに刺さるのだという。しかし僕の『陽だまり』には、一つも好意的な感想が来なかった。
違う。考えろ。コメントの総数は七件だった。七人は、言ってしまえば多くはない。刺さる以前に、的が少なすぎる。
そもそも、根拠なんかどうでもいいだろう。陽葵の文章が才能か努力か知って、何になる。大事なのは今だ。今の陽葵は文章が上手だ。それでいいじゃないか。
いいや、それでいいわけがない。
首を横に振って、髪を掻き上げる。
陽葵の文章が努力なら、僕たちのゲーム制作の意味が、大きく変わってくる。
陽葵がこの部屋に入り浸る理由だって、ちょっとは説明できるかもしれない。
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