僕だけのナンバーワン

阿部狐

プロローグ

第1話

 堤防の上に、少女が座っている。

 晴れやかな空に、光を湛える青い海。寄せては返す波の音が、子供たちの笑い声に溶けていく。水平線にそびえる入道雲が、夏の到来を告げ知らせる。

 少女は、さも退屈そうにため息をついた。何もない場所に視線を向けて、眉をひそめる。足をぶらつかせて、コンコンと堤防にノックする。返事は戻ってこない。

 波打ち際で、僕は少女を眺めていた。こんな絶好の海水浴日和に、あの子はどうして泳がないんだろう。快晴とは対照的な少女の表情が、どうにも魅力的に思えてしまった。

 体を拭くのも忘れて、堤防へと向かう。足裏にまとわりつく砂がじれったい。石なんか踏んだら、もう熱くて熱くて大変だ。それでも少女が気になった。だから歩いた。

「ねえ、泳がないの」

 堤防によじ登りながら、少女に話しかける。「泳ごうよ」

 僕が堤防の上に立ったとき、少女も同時に立ち上がった。

「心配しないで」

 少女が鋭く睨んでくる。

「どうせ、分かってくれないでしょ」

 そう吐き捨てた少女は、海とは反対方向に歩き始めた。失礼なことを口走ってしまったんだろうか。謝ろうと思って、足に力を入れる。手を伸ばす。

 その途端、視界が歪んで、平衡感覚を失った。辺りが真っ白になって、あれほど広大な空も海も、風のように消えてしまった。伸ばした手は、もう永遠に届かない。

 そこでやっと気付く。これは夢だ。だけど回想だ。

 五歳の夏、僕たちの初対面。もう十年前になるらしい。

 僕が声をかけた少女は、いずれ幼馴染になる人物――秋野陽葵だった。

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