身包み剥がされた王子の行方

Koyura

第1話 出会いと約束

よく晴れた青空の下。運命は始まった。


タマラン王国から、王と共に視察にやってきたヤヘルファン王子とは、王城に入って直ぐの『招聘の広場』で初めて対峙した。

ヤヘルファン王子は、ジョゼルカ王子に視線を移した時、風で靡く緩やかな癖のある黒髪を抑えていた手を離した。

それまで城壁や城の様子を見回っていたが、ジョゼルカ王子を捉えるにあたって、そのままになり、目を見開く。


「結婚して下さい」


シグネチャル国王の父と並んで、歓迎の挨拶の為立っていたジョゼルカを、じっとルビーのように赤い目で見ていたかと思うと徐に言った。


この時、ヤヘルファンは16歳、ジョゼルカは12歳だった。


皆が固まる中、ヤヘルファンはつかつかとジョゼルカの元にやって来ると、艶のあるまっすぐな金髪を撫で、手を取った。


「この子が欲しい。お前の名前は?」

真っ直ぐ向けられる赤い目に見惚れてたジョゼルカは、サファイアのような青い目を瞬きして言った。

「ジョゼルカ・ミエル・シグネです」

「年は幾つだ?」

「12歳です」

「まだ幼いな」

ヤヘルファンは満足そうにニッコリ頷いた。

「私はヤヘルファン・コノデ・タマラン。ヤヘルと呼べ」

「ヤヘル様」

「様もいらない。では、ジョゼ、6年後に結婚しよう」


ジョゼルカは有無を言わさずヤヘルファンの婚約者になってしまった。

しかも、15歳になったら王子妃教育の為タマラン王国に留学する運びになった。王宮に住む事で囲い込みも同様だ。


タマラン王国は何ヶ国とも軍事同盟を結び、シグネチャル国もその一つだ。

中心となっている国と地方の小国では、上意下達で絶対否とは言いにくい。

しかし、シグネチャル王は、幼く人の良いジョゼルカが、ヤヘルファンに否と言えなかったと思い、逆らうことになるが、何とか婚約を解消しても良いと言った。

ジョゼルカは少し考えたが、婚約を止める気はなかった。


二国間のバランスを鑑みる知識はあまり無かったが、ジョゼルカはヤヘルファンのあの赤い目に自分が捕えられたと思ったからだ。

最早逃げる事はできない、そう思わせる強い視線だった。

心からジョゼルカを欲していると感じたのだ。



それから3年後、ジョゼルカは約束通りタマラン王国に留学するよう、ヤヘルファンから手紙が来た。

それまでも私的に手紙のやり取りはしていたが、それは正式な透かしの入った書状だった。

やはりヤヘルファンからは逃げられない、と改めて覚悟を決めた。


王と王妃、王妃に抱かれた弟に別れを告げ、生まれて初めて一人だけで王城を出た。

心細さに思わず涙が浮かんだが、泣いても仕方ないと我慢して、辺りの景色を見て紛らわせた。


王城から出て街中を進む時は、物珍しく感じてあちこち見ていたが、街を囲う城壁の門を出ると、途端に乾いた大地とまばらな草木の続く、単調な景色に変わった。


それでもしばらく眺めていたが、石畳が無くなってからよく揺れるようになって、気分が悪くなってきた。侍従のトマテスに膝を借りて横になると、いつの間にか眠っていた。


熟睡まではいかないが、ゆるゆると微睡んでいた時、急に身体を揺らされた。

今日泊まる町に着いたのかと起き上がると、トマテスが切羽詰まった声で言った。


「失礼します、ジョゼルカ様。賊が現れたようです。速度を上げますので、扉横の取手にしっかり捕まって下さい。決して頭を上げないで!」

「皆はどうするの?」

「護衛の騎士の一部で応戦します。この馬車の守りはまだ大丈夫ですから」

馬に鞭を当てた音と嘶きが聞こえて、馬車の揺れが酷くなった。


舌を噛みそうになったので、歯を食いしばって取手を握りしめ、頭を下げていた。

そうしている内に馬車の速度は落ち、騎馬の音が後ろから聞こえてきて、応戦した者達が戻ってきたと思い、顔を上げた。


「駄目です!ジョゼルカ様!」

横にいた侍従が後ろから手を伸ばしてジョゼルカの額を掴んで身体ごと引き寄せた。

ほぼ同時に、槍が窓ガラスを突き破ってジョゼルカの顔の脇を通って後ろの侍従の肩を突き通した。

「うぐっ」

「トマテス!」


侍従は顔を歪めて槍を引き抜くと、ジョゼルカを抱え込んで床に伏せた。

周りから怒号と剣を交わす金属音が響き、血の匂いと侍従の荒い息使いに、ジョゼルカはすっかり身体が硬直してしまい、恐ろしさに半ば気を失っていた。


バン!


止まらされた馬車の扉が開いて、トマテスが引きずられて外に放り出された。

ジョゼルカは覚醒して飛び起きた。


外から乗り込んできたのは、簡易な皮の鎧を纏い、緩く癖のある黒髪に、濃く赤い目を持つ美丈夫だった。

「女じゃ無いのか」

「ヤヘルファン?」

思わず口に出すほど、記憶の中のヤヘルファンにそっくりだった。

「俺はハウルレン。そんな名じゃねえよ。お前でも良いか。来い!」

腕を強く掴むと馬車の外へ出される。抵抗しようにも凄い力で逆えなかった。


「お頭、大漁だ!」

外には大勢の男達が剣や槍等を掲げていた。

「おう!とっとと、ずらかるぞ!誰か手錠持ってるか?」

「ここにある!」


ジョゼルカは咄嗟に逃げようとしたが、直ぐに捕まって、他の者が持ってきた手錠をはめられた。

上等な上着や身につけていた宝飾品はとっくに剥ぎ取られてしまった。

馬車は打ち捨てられ、馬と中にあったお金やマジョルカの支度品は、全て奪われた。

騎士達は全て倒されて、呻き声や、「ジョゼルカ様」と呼ぶ声もしたが、成す術も無い。


侍従のトマテスは背中から槍を刺されて地面に倒れていた。

ハウルレンと名乗った若者はトマテスに近寄ろうとするジョゼルカを引き留め、刺さっていた槍を抜くと、傍の者に渡した。

用意された馬に乗ると、嫌がるジョゼルカを引き上げさせた。


「さあ、行こうか、おぼっちゃま!」せせら笑うとハウルレンは馬を走らせた。

荒野がどこまでも続く大地は果てがないように見え、ジョゼルカは突如奪われた人の命と我の未来に、心細くて涙をこぼした。




夜近くまで走り続け、小さな泉が見えてきた所でようやく止まった。

「今夜はここで寝る」

「ここはどこですか?」

「言ってもわかんねーだろ?」

「その、家までは、まだ遠いのですか?」

「そうでもない。夜明けから走って昼までには着く」


ハウルレンは馬にくくり付けてあった荷を下ろし、慣れた様子で手早く火を起こすと、そばに皮を敷いた。

「他の人達は?」

「適当に来るだろ。ほら、ここ座れ」

先程敷いた皮の上に誘う。


おずおずと座ると、直ぐ横にハウルレンも座り、小さなリンゴを出してきて両手で二つに割った。

一つを手渡し、「食えよ」と言われ、齧ったが、皮がついたままでは食べたことがなかったので、口の中がもしゃもしゃする。苦労して飲み込んだ。


「お前の名は?」食べ終わると聞かれたから、

「ジョゼルカ・ミエル・シグネ。シグネチャル国王の息子です」

と正直に名乗った。


「ジョゼルカ?王の息子?シグネチャルの王子か!」

見開いた赤い目が火に反射してキラキラと光る。ヤヘルファンを彷彿とさせるが、より野性味にあふれている。

「あなたは、ヤヘルファンにとても似ていると思います。血の繋がりは無いのですか?」


ハウルレンは鼻で笑った。

「知らないって!一国の王子が、あんな荷物抱えてどこへ行くつもりだった?」

「タマラン王国です。僕はそこの王子に嫁入りする為に来ました」

「え?王子に?お前まだ子供じゃないか!」

「取り敢えず留学して、3年後に結婚する予定です」


「悠長な話だな。それは無い。今日からお前は俺の物だ」

身代金を払えば解放されると思ったので意外だった。

「身代金を支払えば、帰してくれないんですか?」

「嫌だね。金よりお前が欲しい」

ジョゼルカは更にがっかりして、仕方無く焚き火の炎を見た。


「みんな僕を探してくれるだろう。見つかったらハウルレン達は縛り首になってしまいますよ?」

「見つかるかよ!」

ハウルレンは、りんごの切れ端を遠くに飛ばして横になった。

ジョゼルカも強引に倒されて、後ろから抱きつかれた。


「ちっさいなあ。こんなやつ嫁に取ろうとか普通思わねえよ。変態か?」

「不敬です!会ったのは僕が12歳でしたが、一目見た瞬間に決められたそうです」

「ふーん、やっぱりおかしいぞ」

「そんな事ありません。ヤヘルは頭も良いし、剣の腕も立つ。騎士団長と相手できる位だと聞きました。僕より、よっぽど王様に向いてると思います」


「そうかい。せいぜい見つからんようにするさ。もう寝ろ」

「手錠はこのままですか?」

「塒に着いたら外してやる」

「ねぐらって?」

「家」


後は返事もなかったので、仕方無く目を閉じた。

ずっと抱きしめられたままだったので、寝返りも打てず、明け方にやっと寝たと思ったら、間も無く叩き起こされた。

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