第三十七話 ドワーフの剣匠 (1)

 仁が、食堂を出てからしばらくして自室に戻った耕助は、配当を終えて手数料を含めた自分の上がりを数えていた。


 七対三の割合で、ほとんどの者がカレンに賭けていたおかげで、耕助の手元に入ってきた金額は、なんと金貨で約三十枚程になっていた。

 日本円に換算すると三百万にもなる。


「すげー。…あの二人、毎週やってくれないかな?」


 耕助は、その金貨が少し混ざった銀貨と銅貨の山を、革製の袋に全部入れると出掛ける準備を始めた。

 とはいえ、今着ているシャツの上にブルゾンの様な上着を羽織るだけだったが。


 そして、皮袋を手にすると部屋を後にして、王城に向かって歩き出した。

 袋は、かなりの重量があったが、耕助は苦も無く両腕に抱えて足早に進んで行く。


 すると、ようやく跳ね橋を渡り小扉の前まで来ると門番をしている騎士に声をかけた。


「おつかれ!…今日も頑張ってるな?」


「あ!神代殿!お疲れ様です!…この前はごちそうさまでした!」


「いやいや、どうせ王女さんのツケだし気にしない気にしない!」


 耕助は、笑いながら騎士に近づく。

 騎士は、耕助が抱える革袋を見て怪訝な顔を見せながら聞いた。


「…それ、なんですか?」


「お金。昨日の上がりなんだ。」


「…上がり?あ、昨日の副団長の…」


「そうなんだよー。ほとんど副団長に皆賭けてたから、俺の上がりがこんなになったんだよねー。」


 耕助は、ホクホクした顔で満足げに話す。 

 騎士は、それを残念そうに見ながら言った。


「いいですねー!なんか、スゴイ試合だったらしいじゃないですか?見ていた他の者が話してましたよ。」


「ん?じゃ、見てなかったのか?…勿体ねえ!」


「そんな、言わないでくださいよー。自分も仕事でなかったら、絶対に見に行ってましたよ!…ところで、今日はこちらにどんなご用で?」


 騎士は、それ以上話していると上司に何を言われるか分からないのを気にして話題を変えた。


「賢者さんにご用なんだよね。取次いでもらえる?」


「分かりました。ここで少しお待ち頂けますか?」


「分かった。あ、お金を抱いてることは黙っててもらえると助かる。」


 騎士は、笑って返事をすると扉の向こうに消えた。

 そして、数分後には戻って来てそのままエレノアの研究室まで通される。


 耕助は、重そうな木製の扉の前に立つと、ドンドンドン!とノックした。

 すると、すぐに中から声が聞こえてくる。


「開いてるよ!好きに入って来たらいい!」


 その返事に耕助は扉を押し開けた。

 すると、中からモワッと薬品なのかそれとも別の何かなのか、何とも言えない匂いが鼻を突く。


「ウッ!なんの匂いだ?これ…。」 


「お?珍しいな。…どうかしたのか?」


 耕助を見つけたエレノアが、緑色の液体の入ったフラスコの様な容器を片手に近づいてくる。

 どうやら、それが匂いの原因らしく近づくほどに匂いか強烈になる。


「ストップ、ストップ!…ちょっと、この匂いヤバいぞ?」


 耕助は、目を瞬かせながらエレノアから逃げた。

 研究室は、雑然としていて部屋の真ん中にあるテーブルの上には、ビーカーや試験管などが並び、細々こまごまと検証結果を記した紙が散乱している。


 耕助は、堪らず逃げながら周りを見ると、三ヶ所ある窓はどれも閉め切っていた。思わず、手にしている革袋を手近なテーブルに置いて全部の窓を開け放つ。


「ワハハハ…。さすがの神代耕助もこの匂いには敵わんか?」


「笑い事じゃねえよ!毒薬でも作ってたのか?!」


「だとしたら、お前も私も今頃はあの世行きだ。」


 そう言いながらも笑みを崩さない。

 おそらくは、研究のし過ぎでハイになっている。


「実は、ラグナロクの関節部に使用する新しい潤滑剤を作っていたのだ。…この前の戦いで、どっかのバカがリミッターを切るような真似をして、駆動部のアチコチが摩耗していたのでな。」


「ウッ…。それはもう謝ったじゃねえか。ゴメンて。」


 耕助は、エレノアの嫌味に顔を歪めて謝る。

 エレノアは、それを笑って返すと耕助が持っていた革袋を指差した。


「で?これは私への差し入れか?」


「違う。…今日は、頼みがあって来たんだ。」


「珍しいな?なんだか怖いぞ?」


「いや、大した事じゃねえんだ。…あんた、ドワーフの剣匠とかいうのと知り合いなんだろ?」


「まあな。ラグナロクに使う武器の試作品などを作って貰っている。」


 耕助は、そこで神妙に手を合わせて言った。


「その剣匠にさ、俺の専用の剣を作って貰いたいんだよ。」


 エレノアは、その様子に思わず笑みを零す。


「まったくお前というヤツは…。この世界を存分に楽しんでいるな?…帰りたいとは思わないのか?」


「……。」


 耕助は、その言葉に一瞬考える。


「…ないな。地球はもう終わりだ。…向こうにいる頃も薄々感じてはいたが、ここに来てハッキリした。…俺はここで死ぬよ。」


 そう言って、開け放った窓から外の風景を遠い目で眺めた。

 エレノアは、それを察すると話題を戻す。


「…つまり、剣を打ってくれるように剣匠に頼めばいいのだな?」


「そういうことだ。…これは、その為の金ってことなんだ。」


 耕助はそう言って、革袋に手を乗せる。

 それにエレノアは、ニヤついた笑みを浮かべて聞いた。


「…殿下のツケにはしないのか?」


「あんたじゃあるまいし、自分の剣くらいは自分の金で作るわ!」


 そう言うと耕助は、自慢げな顔で腰に手を当てた。

 するとエレノアは、鼻息を吐きながら呆れる。


「飲み代はツケてもか?…殿下がボヤいていたぞ?…なんで私も誘わないのか?とか。」


「はぁ?なんで?」


 エレノアは、呆れたまま目を細めるとぼやいた。


「…仁も、なかなかだが、お前も大概だな?」


「なんだそりゃ?…でも、大概と言えば、あんたも相当だと思うぜ?」


 エレノアは、顔を歪める。


「なにがだ?」


「あんた、仁が前の世界でなんて呼ばれてたか、王女さん達に教えてなかったろ?」


「…世界最強…か?それがどうかしたのか?」


「なんだ?!知らなかったのか?実はな…」


 耕助は、開いた口が塞がらないといった表情を見せると、昨日の出来事をすべて話した。


「なんだと?!私の知らないうちに、そんな面白そうなことが起きていたのか?」


「どうせ、研究とか言って良からぬ事を企んでいたんだろ?…引き籠もってたあんたが悪い。」


「それにしたって水臭いだろう?!…そこに私がいれば金貨千枚を仁に賭けて研究費を取り戻していたのに…。」


「ふざけんな!そんなことをしたら、俺の取り分が消し飛んだだろうが!…大体、そんな金はどこから出すつもりなんだ?」


「殿下のツケだ。」


 思わず耕助は、目を細めて肩を竦める。


「…懲りねえな…あんた、俺よりヤバいぜ?」


「ワハハハ…!貴様は知らんが、この国には私に金貨では済まない恩義があるからな!そうそうに殺せないのだ!」


「…まったく。借金のしすぎで賢者が王女に斬られるなんて笑えないぞ?」


「なるほど、それは面白そうだな?ワハハハ…!しかし、あの二人、来週はやらんのか?リベンジとか言って…。」


「…だよなー。そうすれば…っておい!そりゃ無理だろ?!」


「ワハハハ…!そう言うな!冗談だ。」


 エレノアは、腰に両手を当てて高らかに笑っていたが、不意に革袋に手を置くと話を変えた。


「…それで?剣匠のことだったな?」


「ああ。頼めるか?」


「ああ。今日、別の相談で行くことになっているんだ。一緒に来るといい。」


 エレノアは、そう言うと指を立ててその先に直径三十センチほどの水の球を作ってその中で手を洗う。


「…便利だな。…って、この前は雷だろ?今回は水。あんた、一体いくつの属性を持ってるんだ?」


「ほう!勉強しているな?たしかに、この世界では、全部で七つの属性が存在して、一人一つというのが常識だ。ただ、稀にカレン殿の様に複数の属性を持つ者もいる。…それは、持って生まれた物とその後の修練によるものだな。」


「それで、いくつ持ってるのさ?」


「…六属性だ。…賢者の名は伊達ではないぞ?」


 エレノアは、そう言って鼻を高くする。


「…すげえ。あと一つでコンプじゃん。…それであと一つはなんなんだ?」


「…光。」


「ワハハハ…!ピッタリじゃねえか!そりゃ、神様もこんな腹黒い女に光の属性はやらねえか?」


「…貴様…。」


 エレノアは、ジロリと耕助を睨むと目の前の水球をバシャン!と耕助にぶつけた。

 それで耕助の体はずぶ濡れになる。


「な、なにすんだ!」


「お前が下らん事を言うからだ。…ほら、もうそろそろ行かないと日が暮れるぞ?」


「…はぁ?まだ、午前中だろうが。まったく、どういう性格してんだ…。」


 耕助は、全身水浸しのままボヤくと、エレノアに伴って王都の工業地区にある剣匠の工房へと向かうのだった。


 



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