第十九話 王都へ
アリステル一行は、王族専用に用意されている転移ポータルの前にいた。
セレバスには、貴族用のポータルと王族用のポータルが設置されている。
その王族用ポータルの周りを耕助がはしゃぎながらあちこちを触って見ていた。
ポータルは、高さ五十センチほど一段高くなった長方形に切られた縦三十メートル、横二十メートルの石台の形をしている。その四つの角にはそれぞれに高さ三メートルほどの柱が立っていた。
そして、柱の先端には五十センチはある大きな赤い結晶が備えられ、その台座いっぱいの大きさの魔法陣が描かれている。
「ポータルというのは、通常、膨大な魔力を消費するため滅多に使えない。一度使用すると魔力が充填されるまでに三ヶ月はかかるんだ。」
「どこにでも行けるのか?」
エレノアの説明に、耕助がポータルの真ん中に描かれた魔法陣を撫でながら聞く。
「いや、同様のポータルがある所にしか飛べない。そちらの方は魔力の消費はないがな。受ける側から魔力信号が発信されることによってピンポイントでそのポータルに着地出来るようになっている。」
「どのくらいのものまで運べるんだ?」
然程、興味もなさそうな仁もなんとなく聞いた。
「ポータルの規模にもよるな。当然、その分魔力量も必要となる。」
すると、転移の準備を終えたことを伝えに獣人の騎士がアリステルの前に走ってくる。
「団長!転移の準備が整いました。王都側の魔力信号もキャッチ出来てます。こちら側の出力も問題ありません。…転移させるのはあちらですべてになりますか?」
騎士が指し示した方には馬が二頭と馬車が一台、そして荷台に乗せられたラグナロク二体である。
「ああ。これで全部だ。」
そうアリステルが答えた時、耕助が近くに寄ってくる。そして、騎士の顔を見るとパァっと明るい顔になって声を上げた。
「ゼルバ!」
「おお、神代様!」
耕助は、そのまま駆け寄ると二メートルはあるゼルバの腰に軽くパンチする。
「知り合いなのか?」
アリステルは、微笑みながら聞く。
「ああ。友達なんだ!」
「そうか。彼は二番隊の隊長でな。獣人の部隊を束ねてもらっている。…優秀だぞ?」
「へえ!スゴイんだな!」
「いえ、それほどではありません!」
ゼルバは、そう謙遜しながら胸に手を当てる敬礼をして応える。
すると、それに合わせたようにその向こうから、シャルガンとマリーが連れ立って現れた。
「殿下!」
零れるような笑顔を見せながら、マリーがアリステルに走り寄り寄って来る。
その後ろから付いてきたシャルガンは恭しく頭を下げた。
「おはようございます、王女殿下。」
「おはよう。とはいえ、もう昼近くだがな。」
シャルガンは、ポータルを一回眺めると微笑みながらアリステルに問う。
「行かれるのですな?」
「ああ。これからやらねばならぬことが山積みだ。」
「……。」
アリステルが、同じようにポータルを見ている横顔にシャルガンは再び頭を下げると言った。
「殿下。此度の事ですが、本当に申し訳ありませんでした…」
「何のことだ?…宴で私のテーブルに貴殿自慢のワインが出て来なかったことか?」
アリステルは、今までのことを謝罪しようとしたシャルガンの言葉を遮りため息を吐いて問い返した。
その事に気づいたシャルガンは、一度上げた頭をもう一度下げて答える。
「次に、お越し頂いた時には極上のワインをご用意しておきます。」
「…ウム。期待しているぞ?…ところで、辺境伯。私の騎士団に優秀な二番隊の隊長がいる。その者を置いていくので、一つ鍛えてやって欲しいのだが?」
そう言うと、横に立つゼルバを見る。
「ゼルバ隊長。この御人は、かつて闘将とまで呼ばれたお方だ。存分に鍛えてもらうが良い。…辺境伯に取っても鍛錬するにはちょうど良い相手となろう。」
ゼルバは一歩前に出てシャルガンに頭を下げると気迫の籠もった声で言った。
「ハッ!!ゼルバ=ラドーニャであります!…闘将ヴィルヘルム辺境伯様のお名前は兼ね兼ね伺っております!どうぞ、よろしくお願い致します!」
「こちらこそ、よろしく頼む。」
シャルガンは、そう言ってゼルバの手を握る。
ゼルバは、驚いて思わず恐縮したが精一杯の笑顔で答えた。
アリステルが、ゼルバを残すことには三つの理由がある。一つはもちろんシャルガンの監視だ。
心を改めたとはいえ、また魔がさすことがあるやも知れない。
二つめはシャルガン自身を鍛え直し前線に出られる体にすることだ。
そして三つめはシャルガンの護衛。
寝返ったシャルガンに対して、侯爵家が仕掛けてくるかもしれないと危惧したのだ。
シャルガンは、そのアリステルの思惑を承知した上で、改めて礼を言った。
「殿下の深いお心遣い、本当に痛み入ります。…ありがとうございます。」
すると、今度は耕助の方に顔を向ける。
「神代殿。くれぐれも王女殿下をお頼み申します。」
「わかった。…けど、そんなことより早く戻ってくれよな?それで、今度こそガチで俺と勝負しようぜ?」
「…まったく、貴殿は…。わかりました。その時は、存分に打ち合いましょう。」
「……。」
耕助は、それを聞くと右手を差し出した。シャルガンは黙って握り返す。
その頃、マリーは仁と名残惜しそうに話をしていた。
「白神様。お会い出来てたった一日だけとは…マリーはとても悲しいです。もっとお話したいこともあったのに…。」
「そ、そうでしたか…では、またの楽しみにいたしましょう。」
仁は、愛想笑いを目一杯浮かべて右手を差し出す。
マリーは、その手を両手で握ると力を込めた。
すると、そこにカレンが声をかけてくる。
「仁殿!持って行く荷物が揃っているのか、今一度確認して欲しいんだが?」
「分かった!すぐに行く!…マリー殿、それでは失礼する。」
そう言って手を離すとカレンの方へ向かう。
「え?!じ、仁…殿?!…あ、あの…」
マリーは、カレンの仁に対する呼び方が変わっていることに気づくと慌てて追いかけようとしたが、仁とすれ違ったマリーに阻まれる。
「カレン様?…仁殿…ってどういうことですの?」
マリーは、そう言ってカレンを睨む。
カレンは、両手を腰に当てて鼻を高くしながら仁を見送りドヤ顔を作って言った。
「ま、そういう事だな。」
「そういう事って、どういうことですの〜!」
マリーは、顔一面に悔しげな表情を見せて叫ぶのであった。
そして、小一時間後。
準備を終えたアリステル一行は、シャルガンやマリーをはじめとするセレバスの者達や、残ったゼルバの二番隊に見送られながら王都へと飛び立っていった。
数分後。
一行は、通常、馬車であれば一ヶ月は優にかかる道のりを、そのわずかな時間で辿り着いた。
そこには、ポータルを取り囲む護衛の兵士と共に、王城内でアリステルの身の回りを世話をするメイドが待っていた。
ポータルの台座の上に、一行が姿を現し定着するとメイドは馬上のアリステルに近づき恭しく頭を下げた。
「王女殿下。おかえりなさいませ。」
「ウム。」
メイドは、アリステルの返事を聞くと当たり前の様に馬の手綱を握り歩き始めた。
普通であれば、その役目は供回りがするものだが、周りの者もそれが当然のように振る舞っている。
カレンは、別の供回りに引かれて遠くに望む王城の方へと歩き始めた。
馬車も、御者が手綱を打つとその二人に続いて進み始めた。その中では、耕助が窓から外を覗いて、またもやはしゃいでいた。
「転移ポータルってすげえな!まるで、どこで◯ドアじゃん!」
「そうだな。」
すると、今度は王都の街を歩いている人たちを見てテンションを上げる。
「おい、エレノア!頭に耳だけ付いてる人間もいるぞ?!あれも獣人になるのか?」
「いや、あの人種は亜人の人種に括られる。他には、エルフとかドワーフ、リザードマンとかだな。」
「なんだって?!先に、なんでそれを言わないんだ!エルフにドワーフ、リザードマンもこの世界にはいるのか?!」
しかし、それらの名前を聞いても仁にはなんのことか分からない。
耕助は、そんな仁の様子に気づくと解説する。
「仁。いいか?エルフってのはな、耳の先が長い長命種でな、妖精の一種とされていて物凄い頭が良いんだ。おまけに、魔法もスゴくて人間が習得するよりも早くて強力な魔法を使えるんだぜ?…エレノア、こんな感じで合ってるか?」
エレノアは、呆れたように笑いながら頷く。
「たいたい合ってるが、エルフは滅多に見られないな。どこかに大がかりな結界を張って人間達とは一線を引いている。だが、たまに変わった者もいてな。旅の途中にこの王都や他の街にも現れるらしい。」
「そうなんだ!いやぁ、エルフ。会いたいなぁ。」
「…そんなもんかな。」
仁は、思案顔で気のない返事をする。
その様子に、エレノアが聞いた。
「なにか気がかりか?」
「…ない方がおかしいだろ?」
王城の方を見ながら仁は聞き返す。すると、エレノアは苦笑しながら答えた。
「それはそうだな。だが、お前達なら大丈夫だ。そうでなければ、私はお前達を呼んだりしない。」
「…まったく、お前ってやつは…。」
この状況を作り出した張本人とは思えない言い方に、エレノアに振り向きながら、仁は大きなため息を吐いた。
「ここまでやらかして、あんたはなにが目的なんだ?」
「目的?それは殿下が伝えたハズだろ?」
「あんたがそんなタマかよ。帝国を倒すとかなんとかは、あんたにとってはついでだろ?なにが目的で俺達を呼び出したんだ?」
すると、それまで外の風景に感動しまくっていた耕助が急に話に参加する。
「あー、それは俺も聞きたいな。エレノアよー。本当はなんか狙いがあるんだろー?言っちまえよ。」
エレノアは、二人の様子に大きなため息を吐いた。
「…お見通しか。だが、それは今、話すことじゃない。まずは、帝国との戦いに勝ってもらうぞ?」
「簡単に言うなよ。相手がどんなヤツかも知らないのに…。」
耕助は、そう言って背もたれに体を預けた。
仁は、エレノアの瞳を覗き込むように見つめているたが、諦めた様に口を開いた。
「…分かった。だが、一つ確認しておくぞ?」
「なんだ?」
「『ラグナロク』あれは『神々の災い』って意味だよな?」
「…そうだったか?」
「まさか、神様が相手なんてことはないよな?」
すると、エレノアは意味ありげな笑みを浮かべると言った。
「まあ、そんなことはないと思うけどな。とにかく、頑張れ!」
二人は、その言葉に只、肩を竦めることしか出来なかったのだった。
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