第十七話 言われてみればそうだった。

 一頻り、マリーとシャルガンが抱き合っているのを見ていたアリステルは、二人に静かに語りかけた。


「ヴィルヘルム卿。マリー。お前達はこれからどうするのだ?」


「……。」


 シャルガンは、アリステルの言葉の意図が分からず黙ったまま顔を見上げる。

 そのシャルガンの顔は一時前と違い、汗にまみれているにもかかわらず、まるで憑き物が落ちたような清々しい顔になっていた。


「貴様の腹心とやらは、とっくに城を出たぞ。おそらくはこの顛末を侯爵家に伝えるつもりだろう。」


「……。」


 この時、シャルガンの胸に去来したのは苛立ちでもなく後悔でもなく、自分の器量の狭さに対する嫌悪だった。なにもかもが、ここで終わった事を知る。


 すると、目の前のマリーが関を切ったように口を開いた。


「王女殿下に申し上げます!此度の件、私マリーの狂言だったということにしては頂けないでしょうか?!」


「狂言…だと?」


 突然のマリーの申し出にアリステルは眉を顰める。


「はい。父に叛意はなく逆に侯爵家に取り入り内偵をしていた。それを私めが思い違いをして殿下にご報告申し上げていたと…。」


「バカな!それではお前だけが処罰されてしまうぞ?!殿下!叛意があり、侯爵家と共に王家を排斥を企んでいたことは事実!全ては私の独断!どうか、私だけに処罰を!!」


 シャルガンは、アリステルに懇願する。


「そうか。マリーの狂言とヴィルヘルム卿の独断か…。それが事実ならどちらにせよ重罪は免れまい。」


「……。」


 アリステルの言葉に二人は言葉を失う。

 しかし、アリステルはその顔に呆れたような笑みを浮かべると言った。


「だがな、その証拠はもうどこにもないのだ。粉々にされてしまってな。」


「??!!」


 二人は、驚いて目を見開きながらアリステルの顔を見上げた。


「…つまり、そういうことだ。…ヴィルヘルム辺境伯。」


「ハッ!」


 シャルガンは、気迫のこもった返事をする。


「ここで問おう。今一度、侯爵家と手を切り、我ら王族と共に帝国を倒してはくれぬか?」


「で、殿下…仰っている意味が…」


「このセレバスには謀叛人はいなかった。ましてや、それを密告する者も何もかもだ。…後は、卿の腹づもり一つだ。」


 潤んだ瞳を泳がせているシャルガンに、マリーは飛びついて返事を促す。


「父上!!殿下は…お許しになってくださっているのです!そして、共に帝国を倒そうと仰っているのです!!武人として、これほどの誉れはないではありませんか!!」


 そして、再び大粒の涙を零した。

 シャルガンは、その愛娘の頭を撫でると意を決したように口を開いた。


「畏まってございます!恥ずかしながら、このヴィルヘルム。只今、殿下の元へ帰参いたしました!今後、よろしくお願い申し上げます!!」


「あいわかった!此度の事、これにて手打ちにする!各々、それで良いな?!」


 アリステルは、凛とした声で言うと周りを見渡す。

 そして、マリーの元へ近づいて顔を耳元に寄せると囁いた。


「これで、学院に行けるな?」


 マリーは、それに言葉を返そうとしたが感激で胸が詰まり、大粒の涙で返事をした。

 アリステルは、優しげに頷くと耕助の方に振り向いて小さく頷く。


 耕助は、その様子に笑みを浮かべると小さなため息を吐くと感心したように言った。


「さすが、騎士団団長様。締め方も様になってる。」


 

■△■△ 応接室 △■△■


 小ホールを出たアリステル一行の五人は、宴が終わったホールを抜けて、城に到着した際に当てがわれた応接室に集まっていた。


 シャルガンとマリーは、護衛の騎士に連れられ居住している奥の間へと下がって行った。

 今頃は、久しぶりの父娘の会話を楽しんでいる頃だろう。


「お前、よくマリーを殺さなかったな?」


 ソファに座りワインを傾ける仁が最初に言った。

 それにカレンが同意する。


「私もそう思いました。あのまま殺すものだと…。」


「お前ら、俺をなんだと思ってるんだ?」


 耕助は、そう言って憮然とした表情を見せる。

 すると、アリステルが懐疑的な面持ちで聞いた。


「神代殿。まさか、あの展開を狙ってやったのか?…たしかに結果だけを見れば我々にとって、これ以上ない結末になったわけだが…。」


 そう言いながら、今回のことで持たされる事を頭の中で巡らせた。


 まず、辺境伯が王家に付くことで拮抗していた戦力がこちら側に優位に立つことが出来る。

 次に、帝国への窓口がなくなったことで情報の流出を減らすことが出来る。

 そして、闘将ヴィルヘルムの復活。

 今すぐには無理でも、以前の様に一軍の将として戦場に立ってくれれば友軍の士気が上がるのは間違いなかった。


 アリステル個人としては、マリーに実の父親が断罪される姿を見せずに済んだことに胸をなで下ろしていた。


 耕助の行動は、一見、非常に危険だったが結果だけを見れば、最も効率的で最上の結末を得られる方法だった。もちろん、耕助以外に出来る者がいないということが前提にはなるが。


「殿下。この男を買い被り過ぎです。おそらく、本気でここを掠め取るつもりだったのでしょう。」


 思案しているアリステルの横顔にエレノアが言葉をかけた。


「なに言ってんだよ!ちゃんと計算してたって!ちゃんと…」


 耕助は、焦りながらその場の全員に向かって言った。


「…つまり、結果はともかく際どかった。ということだったんだな?」


 仁の言葉にアリステルは、静かに頷いた。


「相変わらず、どこでも迷惑なヤツだな?」


「うるせえな。」


「それより、肩は大丈夫なのか?」


 耕助はマリーに斬られかけた血の滲んだ肩を見た。


「ヒ〜ン…痛えよ〜。」


 思わず泣きながらアリステルやカレンにも訴える。


「…他にやり方はなかったのか?別にマリーには斬られる必要もなかったんじゃないのか?」


 アリステルの言葉に耕助は舌を出すと返した。


「だからって父親を守る女の子を斬るわけにもいかないだろ?それに…」


「それに?」


「あそこで、ああしておけば、マリーちゃんは俺に惚れるかもしれないじゃん?」


 それを聞いて、その場にいた四人はキョトンと顔を見合わせる。

 そして、アリステルは高らかに笑った。


「ワハハハ…!白神殿!たしかに…たしかに神代殿はイイ男だな!…それとモテないわけもわかったぞ?ワハハハ…!」


「ああん?なんだよ、それ!なんの話だ?!」


 耕助は、自分の知らない話で笑われたことに憮然とした態度を見せると不貞腐れた。


「だが、神代殿。おそらくそれはないぞ?それに、マリーは今年で十四になったばかりの生娘だ。大丈夫なのか?」


「え?!十四?…はぁダメだ。あんなに大人びてたからもっと上かと思ってたわ。」


 だが、ふと思い出したように指を鳴らすとアリステルに向かって問いかける。


「そう言えば、王女様が俺達と初めて会った時さー、初対面だったのになんで仁と俺の顔を見分けてたんだ?」


「あー、あれかー…。」


 エレノアは、上を見て惚けるように呟くと耕助の位置から離れた場所に移動する。

 すると、カレンが堂々と言った。


「あれは、賢者殿が白神殿は眉目秀麗な偉丈夫と仰ったので、お二人の顔を見た瞬間に見分けられたということです。」


 その瞬間、耕助はエレノアに向かって飛びかかる。


「エレノアぁ!もう少しマシな紹介の仕方があったんじゃねえのかぁ?!」


「事実なんだから、しょうがないだろ?!いい加減、諦めたらどうだ?!」


「やかましい!」


 耕助は、そう返すとエレノアを捕まえてヘッドロックをかけると拳で頭をグリグリと擦りつけた。


 仁は、そのじゃれ合う二人の姿を見ながらアリステルの方に体を向けると改まった様に言った。


「王女殿下。どうやら相手はなかなか手強いらしいが、王国が勝てるように俺達も全力を尽くす。…これでいいか?。」


「ああ、十分だ。こちらこそ頼む。」


 アリステルと仁は、どちらからということでもなく握手を交わした。

 そして仁は、全員の顔を見渡して、笑顔を浮かべながら深いため息を一つ吐くと言った。


「それにしても、今日は本当に長い一日だったな?」


「言われてみればそうだった。たしかに今日は本当に長い一日だったな。」


 アリステルは、染み染みそう言うと深い闇に沈んだ窓の外を眺めた。

 すっかり夜も更け、薄暗くなった応接室の中で、そこにいた全員は深く頷いたのだった。









 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る