バーサーカー、推しである悪役令嬢の破滅をぶっ壊す

おとら

第1話 辺境伯家のバーサーカー、前世の記憶を思い出す


綺麗だ……それが、その女性を見た第一印象だった。


腰まで伸びた傷みなどない銀髪に、目鼻立ちのはっきりした顔つき、均整のとれた体つきに真っ直ぐな姿勢。


目には力強い意思を感じ、こんな状況だというのに臆した様子もない。


そう……


そして俺は、それを見て前世の記憶を思い出す。


ここが乙女ゲームの世界で、彼女が前世の自分の推しだったことを。


「セレナ-カサンドラよ! お前との婚約を破棄する! 何度も言ってるだろう!」


「……イース殿下、だからそれはどういうことです? 一体、私が何をしたと?」


「ふんっ、白々しい。お前が伯爵令嬢であるマリアをいじめたことはわかってる」


「いえ、私には心当たりがありません」


「嘘をつかないでください! 私が殿下と仲が良いから嫉妬してるのですか? だからって権力を使っていじめなくても……グスッ」


そうだ、俺はこの場面を知っている。

これは前世で姉がやっていた乙女ゲームだ。

しかも、エンディングである悪役令嬢断裁イベントか。


「いじめたって、そんな子供みたいな……仮にそうだとしても何か問題が? 結婚する殿方の近くに女性がいたなら当然かと思います」


「ついに白状したな! 罪を認めると!」


「だから何の罪があるのです? 私は至極当然のことしか言ってません」


「ええいっ! うるさいっ! お前はいつもそうだっ! 俺を馬鹿にした目をして!」


 それは馬鹿だから仕方ないのでは……この王太子は、相変わらずか。

 流石に数年経てば、ましになると思っていたがこれが次期国王とか笑えん。

いや、今はそんなことより……俺の頭も大分混乱してるな。

幸いなのは、前世の記憶が流れてきたが今の俺はアイクということか。

乗っ取りではなく、記憶の上乗せといったところだろう。


「そんなことはありません。私は……」


「とにかく! お前とは婚約破棄だっ! 金輪際、俺に近づくな!」


「っ……わかりました」


「ははっ! 認めたな! 初めからお前は気に食わなかった! やれ平民に優しくしろだ、文官達を気遣えだ…… 俺はこの国の王太子だぞ!」


「だからこそです……どうしてわかってくれないのですか」


 すると、彼女が初めて辛そうな顔を見せる。

下を向き、拳を握りしめている——次の瞬間、俺の身体は動いていた。

推しの辛そうな姿など見ていられない。


「な、なんだ? 貴様は——グヘェ!?」


「それ以上、汚い口を開くな」


 気がついた時には拳を振るっていた。

 とりあえず、手加減はしたので死んではいないはず。


「あ、貴方は……?」


「勝手な真似をしてすまない。だが、君には迷惑はかけないと誓おう」


「そ、そういうことではなくて……」


すると、床でゴロゴロとしていた王太子が起き上がる。

ちなみに、その頬は腫れ上がっていた。

しかし俺の怒りは収まらない。

何より、自分自身が許せなかった。


「貴様ァァァァ! 俺を誰だと思ってる? 誰かこいつを捕らえろ!」


「ほう? この平和ボケした兵士の中に、俺を捕らえられる者がいると? 良いだろう、かかってこい」


「ま、待って!」


「平気だ、殺しはせん」


状況を把握した兵士達が、俺を捕らえようと槍を構えて寄ってくる。

そのあまりの手際の悪さに悲しくなりつつも、近くにいる兵士の槍の穂先を掴む。


「へっ? す、素手で?」


「これくらい問題ない——ふんっ! 」


そのまま握りつぶして槍の穂先を壊す。

当然、俺の手は無傷である。

これくらいで怪我をしていては、国境を守るごとなどできない。

そうだ、今世の俺は辺境伯家のバーサーカーと呼ばれているのだ。


「なんだと!?」


「こいつ!」


「判断が遅い! 人数が多いなら囲め! 敵は待ってくれないぞ!」


「うわっ!?」


「ぐはっ!?」


素手で槍を破壊しつつ、掌底を腹に打つ。

それだけで、人体はしばらく行動不能になる。


「ば、化け物……ええい! 増援を呼べ!」


「双方静まれい!」


その力のある言葉に、その場の全員が止まる。

振り返ると、そこには国王陛下がいた。


「ち、父上! こいつが私を殴ったのです! 今すぐ死刑してください!」


「このバカモンが! お主こそ、この男を誰だと思っとる! 我が国の守護神にして、アスカロン辺境伯家当主の黒騎士アイク殿だぞ!」


「へっ? ……あの黒騎士? 大剣を振り回し、全てを粉砕するという……黒い鎧を着ているのは、その返り血を気にしないでいいからという」


「そうじゃ。密かに忍び寄ってきた敵国の軍隊を、たった一人で食い止めた男だ。この男が本気になったら、止められる兵士などほぼおらん。お主の首があるのは、ひとえに王太子であるというおかげじゃ」


「し、しかし……」


「ともかく、この場は余が預かる。皆の者! 我が息子が迷惑をかけた! しかし、このことは他言無用に! すぐに解散するがよい!」


その言葉を受けて、蜘蛛の子散らすように人々が去っていく。

王太子も兵士達に連れられ、その場を離れて行った。

残ったのは俺とセレナ、国王陛下と腕利きの近衛達だけだ。


「あ、あの、国王陛下……」


「セレナ殿、みなまで言うな。さて、アイク殿……すまないが」


「いえ、自分のしたことはわかってるつもりです。ですが、彼女に非はありません。これは俺の独断でやったことです」


俺のしたことは死刑になってもおかしくない。

しかし、そうであろうと我慢が出来なかった。

何故なら……彼女は俺の推しなのだ。


「そんな!」


「セレナ様、俺なら平気です」


「アイク殿、彼女を罰することはないと約束しよう。そしてセレナ殿も安心するといい。一応形として、連行させてもらうだけだ」


俺は大人しく従い、手錠をかけられる。


そして、そのまま牢屋へと入れられるのだった。











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