第34話 派手さはないけど……これは玄人向けだな……
さらに奥へ踏み込んだ瞬間、足元の感触が変わった。
湿り気のある腐葉土。苔と根が絡み合い、踏み外せば一気に体勢を崩しそうな地形。
「……あー、ちょうどいいな」
クロは立ち止まり、ゆっくりと腰を落とした。
視線は地面、倒木、周囲の木々へと巡る。
「前は少ししか使わなかったけど……ちゃんと確認しないとね。【粘性】」
スキルを起動した瞬間、クロの体が柔軟に動く。
以前、アステリオン・レクスとの戦闘で僅かに使用したスキルだが、今回の本命はもう一段上だ。
クロは、頭に装備したアクセサリー【スライム・ロードの王冠】へ意識を向けた。
「……【粘性支配】」
スライム・ロードの討伐報酬である【スライム・ロードの王冠】は、単体として装備する事のできるアイテムである。
王冠に意識を通した瞬間、体の感覚が変わった。
ただ流れるのではなく、広がり、絡み、従う。
クロは自分の身体の輪郭が異様なまでにはっきりしている事に気づいた。
骨、筋肉、皮膚。自分の体を構成するパーツ。そのすべてに数値のつまみが付いたような感覚。
「……なるほど」
クロは、左手の掌を見つめる。
意識を込めると、掌の表面が僅かに鈍く光り、次の瞬間。
――ピト。
自分の右腕に、ぴたりと吸い付いた。
「……おお」
だが、力を抜くと即座に解除される。
粘着は外部に付与されていない。
あくまで、自分の体が粘るかどうかだけ。
「【粘性】は付与、【粘性支配】は……出力制御か」
クロは理解する。
通常の【粘性】はオンオフのみ。
だが【粘性支配】は、どの部位を、どの強度で、どの瞬間だけ粘らせるかを完全に選べる。
試しに、足裏だけを最小限に粘らせる。
――ピタ。
滑りやすい腐葉土の上でも、足はぶれない。
だが動きは阻害されない。
「……これは」
次に、跳躍。
着地の瞬間だけ、足裏の粘性を最大にする。
――ズン。
衝撃が逃げない。
反動も跳ね返りもなく、体勢が一瞬で安定する。
「おぉ……便利だな」
さらに拳。殴る直前、拳表面の粘性を極限まで上げる。
空を切る動きでは変化はない。
だが、拳が木の幹に触れた瞬間。
――ベタ。
衝撃が逃げず、内部に留まる。
「……なるほどね」
クロは、ゆっくりと拳を離す。
幹には傷は浅いが、内部が微妙に歪んでいる。
「【強撃増幅】と組み合わせると……衝撃の逃げ道を塞げるかも」
外に拡散させず、内側へ押し込む。
クロは小さく笑った。
「これ、地味だけど……かなりやばいな」
王冠に軽く触れ、スキルを切る。
「自己限定ってことは、逆に精度が高い」
王冠から意識を離した瞬間。
――すとん、と。
身体から何かが抜け落ちた感覚すらなく、ただ元に戻った。
クロは指を開閉する。
皮膚は皮膚のまま。
筋肉は筋肉のまま。
そこにさっきまで存在した粘性は、影も形もなくなった。
「……残らないか」
足を腐葉土へ一歩出す。
――ズル。
今度ははっきり滑った。
さっきの安定感はまったくない。
「うん、完全に切れてるね」
クロは少しだけ口角を上げた。
「逆に安心だな」
もし感覚が残るなら、常用前提になる。
依存も起きる。
「必要な瞬間に、必要なだけ」
クロは再び【粘性】を起動し、すぐ解除する。
変化は一瞬。
解除と同時に、完全な素の身体へ戻る。
「……制御スキルってより、スイッチ式の物理改変か」
そして理解する。
【粘性】は状態付与。
【粘性支配】は、その状態をさらに活用できる。
クロは軽く肩を回す。
重さも違和感もない。
爪を見下ろし、次に森の奥へ視線を向けた。
「……よし。後は実戦で体慣らしつつ、もうちょい確かめるか」
クロは足を止め、軽く首を回した。
「……じゃあ、次はこれだな」
クロは爪を下げ、集中する。
「……【外部操作】」
視界の端、倒木の影。
そこに落ちている小石が、クロの意識に引っかかった。
「……これか」
直接触れていない。
だが、自分の体から糸の様なものが伸びているのが分かる。
掴むというより、指定する感覚に近い。
クロは、ほんの少しだけ力を込めた。
――コト。
小石が跳ねた。
「……動くな」
意図した通り。
だが、重さはそのままだ。
軽くなったわけでも、勢いが増したわけでもない。
「力を足すんじゃなくて……方向とタイミングだけ、か」
次の瞬間。
――ガバッ。
背後の倒木の裏から飛び出したのは、樹皮色のトカゲ型魔物。
【フォレスト・ラーカー】
クロは動かない。
代わりに、意識を弾く。
さっき跳ねた小石を、背後ヘ弾く。繋がっている糸を強く引き寄せる様にして、石が後ろへ飛んでいく。
――カツン。
小石がフォレスト・ラーカーの視界を横切る。
反射的に、視線がそちらへ逸れた。
その一瞬で、クロは踏み込む。
だが攻撃しない。
代わりに、地面に転がる細枝に意識を向ける。
――【外部操作】。
枝がフォレスト・ラーカーの脚の進行線上へ滑り込む。
――ズル。
完全な転倒ではないが、重心が崩れる。
「十分」
クロは一歩で距離を詰め、爪を振る。
「【貫晶】」
抵抗なく通り、即座に霧散。
森が静まる。
クロは立ち止まり、手を開閉した。
「……なるほどね」
【外部操作】は、直接的な攻撃力を持たず、ただ操るだけのスキル。
操る対象の重さも、強度も変えられない。
「でも、これ……」
視線を倒木へ、岩へ、落ち葉へ。
「戦闘中の余計な一手を、全部自分の手札にできるよな……」
罠を張る必要もない。
準備もいらない。
その場にあるものを、その場で使う。
相手からすれば、意識の外から不意の一撃を受ける事になる。嫌がらせとしても使えるだろう。
クロは小さく息を吐いた。
「派手さはないけど……これは玄人向けだな……よし。次は複数指定、かな」
そう言って、クロはまた一歩、森の奥へ進んだ。
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