第18話 ちょっと待てぇ!これ完全に初見殺しだろ……!

 素材爆薬の小瓶を指先で弾き、クロは軽く身を沈めた。

 アステリオン・レクスはゆっくりと、しかし確実にこちらへと体を向けてくる。

 その動きは鈍重に見えるが、内部で脈動する青白い光が不穏だ。蓄熱と放射を繰り返す巨大鉱獣。見た目以上に危険な気配を放っている。

「さて……どこが弱点かな」


 言葉とは裏腹に、クロは視線で素早く全身を走査した。

 関節の継ぎ目、鉱石が露出していない部分、発光の強弱。

 内部の光のリズムが、まるで何かを溜めているかのように周期を変えている。

 アステリオン・レクスが一歩踏み出すたび、床の岩盤が砕けて落石音が響く。

 その振動で頭上の支柱が揺れ、砂塵が舞った。


「おっと……この天井も危ないな。長期戦はまずいかも」

 クロがそう呟いた瞬間、アステリオン・レクスの体に走る光が一気に収束した。

 まるで怒りを示すように、青白い筋が全身へと張り巡っていく。

「来る!」

 踏み込んだアステリオン・レクスの足が地面を叩く。

 直後――衝撃波が地を伝って走った。


 ゴガァン!!


「っととととっ!? 足元系はやめてくれ!」

 クロは横へ跳躍し、爆薬瓶を一本指で弾いて地面へ落とした。

 瓶が割れ、火花とともに小さな炸裂が広がる。


 ボンッ!!


 火ではなく、衝撃で鉱獣の足元をぐらつかせるタイプの爆薬。

 アステリオン・レクスの踏み込みがわずかにズレ、衝撃波の方向が逸れる。

「よし、効いた! 今のうちに――」

 クロはインベントリからツルハシを取り出し、アステリオン・レクスの側面へ滑り込む。

 狙うは鉱石ではなく、鉱石と鉱石のつなぎ目だ。


 カァンッ――!


 浅い傷だが、内部の光が漏れた。

「やっぱり柔らかい部分がある……!」

 しかし、クロがさらに突き立てようとした瞬間。

 アステリオン・レクスの体表に走る光が一斉に白く跳ねた。

「……やばっ」


 次の瞬間、アステリオン・レクスが体をひねり、尾のような鉱石の塊を横薙ぎに振るった。


 ガァンッッ!!


「ぐっ……!」

 衝撃波と粉塵に吹き飛ばされ、クロは岩壁に背を打ちつける。

 視界が揺れるが、すぐに膝をつきながら立ち上がった。

「……なるほど、近距離はこれで対応してくるってわけか」

 アステリオン・レクスは口元に光を集め始める。

 ブレス――だが、先ほどより光量が違う。

 チャージが速い。

 しかも範囲が広い。

「……これは正面から受けたら即死コースだな」

 クロは深く息を吐き、ポーチの中へ手を入れた。


 取り出したのは――

 煙玉。

 フィールドに出る前に、ミリィの所で買った『白煙草はくえんそう』と『素材玉』を合成して作ったアイテムである。

「うまくいくか分かんないけど……やるしかない!」


 クロは煙玉を口元へ向けて投げつけ、同時に駆け出した。

 アステリオン・レクスの口に集まった光が、臨界へ達する。


「――ッッ!!」

 ズガァァアアアアアアアアッ!!!!


 青白い閃光が作業場全体を焼き払う。

 しかし――。

 煙の向こう、アステリオン・レクスの視界の死角へ回り込んだクロが、笑った。

「よし……ブレス直後、後隙発生!」

 クロは崩れた岩場を蹴り、煙の壁を抜けると同時にアステリオン・レクスの懐へ潜り込んだ。

 ブレス直後の硬直。巨大な鉱獣がわずかに身を沈め、内部の光が弱まっている。まるで肺を空にしているような動きだ。


「――今しかない!」

 クロはツルハシを逆手に持ち替え、光の弱まった胸部の継ぎ目へ思いきり叩きつける。

 


 ガァンッッ!!!


 甲高い金属音が響き、青白い火花が散った。

 直後、内部の光が不規則に点滅する。

「効いてる……! でももう一撃!」

 ツルハシを引き抜き、再び振りかぶろうとした瞬間。

 アステリオン・レクスの体表に走る光が、一点に集まった。胸部中央、まるで心臓の位置。


「……は?」


 次の瞬間、鉱獣の胸が脈打つように膨れ上がった。


 ドッ……ドン……ドンッ!


「こ、これチャージ技か!?」

 クロは慌てて後退しようとする。

 しかし、アステリオン・レクスが四肢を地面へ深く突き刺すように踏み込み。

 空気が震えた。

 足元の岩盤が、円形に亀裂を走らせる。


「範囲攻撃!? やば――っ!」


 クロは慌てて跳躍し、近くの岩塊へ飛び乗る。

 直後、地面から青白い光柱が複数立ち上がり、鉱石の剣が剣山のように周囲を薙ぎ払った。


 ズババババババッ!!!


 吹き上がった光柱の熱風がクロの頬をかすめる。

「っ……! ちょっと待てぇ!これ完全に初見殺しだろ……!」

 光柱が次々と消え、視界が落ち着くと――。

 胸部の光が収束し終わり、アステリオン・レクスが再びゆっくりとこちらへ向き直った。

「……はぁ、はぁ……。やっぱエリアボス、強いわ……」


 それでも、ダメージは通っている。

 胸部の継ぎ目はわずかに割れ、内部の輝きが漏れている。

 継続して攻撃できれば、突破口になる。

「でも……アレ、溜められたらたまったもんじゃないな」

 クロは一度距離を取り、状況を整理しながらポーチに手を突っ込む。

 煙玉は残り1つ。

 爆薬は残り2つ。

 回復アイテムは十分あるが、攻撃アイテムは限られている。

「……よし、次はもっと狙っていく」

 クロが小瓶を握りしめたそのとき――。

 アステリオン・レクスの体に走る光が、異常な速度で脈打ち始めた。


「え、嘘だろ……また来るのか!?」

 胸部の鉱石が再び膨張し、岩盤に亀裂が走る。

 二連続のチャージ攻撃。

 プレイヤー相手にフェイントをかけるような行動。


「マジかよこのボス……絶対レア素材のおまけじゃねぇだろ!」

 爆音とともに、アステリオン・レクスの四肢が再び踏み込む。

 大地が鳴動し、光が蠢き。


「やる気満々すぎる……!」


 クロは牙をむくように笑った。

 恐怖ではなく、闘志の笑み。

「――なら、こっちも全力で行くぞ!」


 再び地面が裂け、光が噴き出す直前――

 クロは爆薬瓶を高く掲げ、アステリオン・レクスの胸部へ向けて走り出した。

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