第13話 なぁにこれぇ?

 昼下がりの光が草の海を金色に照らしている。

 遠くでモンスターを狩っているパーティの声がかすかに聞こえ、どこかの生産職プレイヤーが木材を切る音が響く。

「……相変わらずのどかだな」

「うん。あ、見てクロ。あの丘、なんか小さい花咲いてる」

「おい、シェル。お前、完全にピクニック気分だろ」

「だってほら、今からクロの錬金術検証だろ?平和で終わるはずさ。……クロが変な事しなければ」

 その言葉に、クロは肩をすくめて笑った。

「変なことって何だよ。俺は安全第一だぞ?」

「前回、爆発したじゃん」

「……あれは、想定外だった」

「つまり、変なことしたってことじゃん」

「ぐぅ……理屈では正しいけどさ」


 シェルがくすくす笑う。風が吹いて、彼女の髪がさらりと揺れた。

 クロはため息をつきつつ、腰のポーチを探る。

 取り出したのは『粘液』。手頃な岩の上に粘液を乗せ、スキルを起動させる。

「よし……それじゃあ、【錬金】」

 光が目を蔽い、粘液を変質させていく。

 光が収まったとき、そこにあったのは……なんとも形容しがたい物体だった。

 色は透きとおった淡い青。けれど、触れた部分はぷにりと沈み、指を離せばすぐに形を戻す。

 液体のようでいて、固体のようでもある。まるでゼリーと水の中間、そんな感触だった。まさにスライムとしか言いようがないが、そんな一言で済ませて良い様な物ではない。……様な気がする。


「なぁにこれぇ?」

「……これ、なに?」

 シェルが覗き込みながら、慎重に小枝でつつく。

 すると、物体が小さく震え――枝を、するりと飲み込んだ。

「ひぃっ!? 食べた!?」

「いや、吸っただけだろ……多分」

「多分で済ますなぁ!」

 クロは枝を取り戻そうと手を伸ばし、すぐに引っ込めた。

 指先に当たった瞬間、ぬるりとした冷たさと、妙な抵抗があったのだ。

 粘り気はあるのに、液体のように滑る。

 それでいて、掴もうとすれば確かに重みを感じる。

「……面白いな。個体でも液体でもないぞ、これ。両方の特性を持っている感じか?」

 クロは慎重にそれを拾い上げる。

 手の中で、青い物体はわずかに形を変えながらも、零れ落ちることなく留まっている。

 握れば弾力を持って押し返し、指を離せばゆるやかに沈む――そんな奇妙な反応。

「詳細は……?」

 呟くと同時に、彼の視界に淡いウィンドウが浮かび上がった。

 シェルも隣から覗き込む。


【不定形構造体(仮)を生成しました】

品質:EX

説明:スライムから取れた粘液を錬金することで作れる。

用途:不明

備考:衝撃を吸収し、形状を保持する。


「……これ、スライムだけどスライムじゃない……?」

「ムムム……よく分からない説明文だな」

 クロは顎に手を当てながら、しばらく無言でそれを観察する。

 陽光に照らされると、内部にきらりと光の屈折が走り、まるで水晶の中に水が流れているように見えた。


「耐久試験してみるか」

 青い物体を地面に落とす。

 ぼす、と音がして、砂の上で軽く跳ねた。

 そのままぺしゃりと潰れ……すぐに、形を戻す。

「おお……衝撃、ゼロじゃない?」

「内部応力を分散してるんだろう。衝撃吸収素材だな」

「つまり……防具に使える?」

「かもしれん」


 クロは地面に座り込み、試験用の小瓶に青い物質を少量移す。

 すぐにメニューを開き、素材を確認した。


【流性核質】

品質:A

特性:物理衝撃の分散

   圧力による相転移

   魔力伝導率:中~高


「……名前が勝手に付いてる!?」

「システムが勝手に命名するってことは、正式登録されるかもね」

「そうなると、素材価値が跳ね上がるな」

 クロが満足げに頷くと、シェルがにやりと笑う。

「つまり、今日のピクニックは大成功ってことだ」

「検証だって言ってるだろ……まぁ、成果は上々だが」

「ほら、やっぱり平和に終わったじゃん」

「今のところはな」


 クロが片手で瓶を掲げる。

 中の流性核質は、光を受けてゆるやかに波打ち、その表面に草原の金色を映していた。

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