第3話(3)「オーバードライブ」
スターダストはいつも通り。
蟹江はドラムを叩いて、蛍井はカウンターを掃除している。グラスの中にほぼ水の焼酎が残っている。
蛍井はすぐに海老名に気づいた。
「ごめん。晶叶が体調崩してるから今日は休む。俺も用事あって休むね。」
うまく視線を合わせられない。表情が変わらないとよく言われるはずなのに、今はうまくできない。
「ああ、そうなの?わかった。……晶叶大丈夫?」
蛍井は作業の手を止めて、海老名と視線を合わせようと上半身を傾ける。
「大丈夫かって、言われたら大丈夫じゃない。だいぶヤバいんだけど。」
海老名の返しにはトゲがあった。
「え?ひどいの?」
海老名は思わず蟹江の方を見ていた。
「海老?」
「あぁ、ごめん。透真くん」
蟹江には聞こえないように蛍井を引き寄せる。
「後で、晶叶が落ち着いたら連絡する。明日の前座も、もしかしたらやばいかもしれなくて。そうならないようにしたいけど…」
多分無理かもしれない。
「そうとうやばい?」
透真はわからないまでも何かが起きていることには気付いた様子。
「連絡が夜遅くなるかもしれない」
「俺は起きてるからいつでも連絡して。もし、明日無理そうだったら代わり探しとくから」
「ありがとう。じゃあ、戻るね」
透真は、海老名が晶叶と一緒に居てくれるのだと察して、少しは安心したものの何が起こっているのかわからず、海老名が出ていった後も落ち着かない。
「あれ?海老来てなかった?」
呑気にこちらにくる蟹江に
「ああ、晶叶が具合悪くて、海老は急用ができたから今日は練習来れないって」
「ええ…、見舞いに行く?」
「寝かしてやろう?俺達が行ったら晶叶、気を使うだろうし。」
「あいつ、気ぃ使いすぎなんだよな…」
「年が離れてるから仕方ないけど、もっと仲良くはなりたいね」
海老名が蟹江を見た、あの表情が気になった。
蟹江にはまだ何も言わないほうが良さそう。
「取り敢えず今日は、帰ろうか。」
「……俺のせいかなあ」
蟹江がぽつりと言う。
「え、なんでよ?」
何か、知っているのか。
「いや、先週ちょっと晶叶とケンカして…」
頬を掻きながら、言いにくそうにする。
「なにそれ、聞いてないけど?」
「言ってないし。」
「けど、ライブでのアレは、謝ったって言ってたよね」
「いや、そうなんだけど…。その後、晶叶がSATELLITEをまたやるみたいなこと言って、なんかうまく避けられなかったって言うか…」
「それって喧嘩になってたの?」
「なんか俺もちゃんと説明できなくてイライラして。透真が来たらそのままあいつ出てったし。」
「蟹は、SATELLITEはやらないって言ったんだよね?」
念押しする。あの歌は危ない。蟹江にとっても、晶叶にとっても。
「もちろんもちろん。けど、あの時のドラムを叩いて欲しいって」
「ああ…それでSATELLITEみたいな曲作るって言ってたのか…」
蛍井がそう言うと、蟹江が顔を上げる。
期待するような眼差し。
「考えさせて。で止めてるから。」
「晶叶がいけるなら。俺は応えたい」
「そうやって。ミナトを傷つけたんだろ。晶叶に同じ思いは…」
「させない。いけるなら、だよ。晶叶とミナトは違う。」
背後からカランッと硬い音が響く。
振り返ると
さっきフロアタムの上に放り出したはずのスティックが、金属の脚に当たって床で跳ねていた。
静かなスタジオで、自分の不始末が立てた音だけが妙に大きく聞こえた。
蟹江は小さく溜息をつく。
蛍井は続ける。
「そうだけど……、ダメージは相当あったろ。」
「半日も寝込んだって言ってたな。」
後悔してるか?と言われればNoだ。
「うーん……。慣れるもんかな…。」
「晶叶がやるって言ってるから、やれるとこまでは」
──やらせて欲しい。
「晶叶は、蟹に憧れてるから、そこも引っかかる。体力的な問題と、精神的な…、」
蛍井は言葉に迷う。
「俺に憧れてるんじゃなくて、透真のギターと俺のドラムが好きなんだろ?」
「いや、俺のギターは違うと思うけど」
「そう?お前が弾いてると、手元とかめちゃくちゃ見てるけどな」
「え、そう…?」
「そうだよ。気づいてなかったのか。あいつ、なんだかんだギタリストだし。」
「全然、気づいてなかった…」
そう言われてみれば、晶叶の持ち歌のギターソロを初めて弾いたとき、距離が近かった。
「だからあいつは大丈夫。俺がカマかけても全然相手にしてないし」
シャイで、人見知りだけど、音楽に対してはめちゃくちゃ強い。
気持ちよくなりたいって気持ちは、一緒なんじゃないだろうか。
「カマかけてたのか。」
透真はホッとした。蟹は構ってるんじゃなくて、自分に堕ちないか確かめていたんだ。
「謝っとこうかな……」
弄んだみたいになった。
「そういうのは直接が良いし、晶叶が落ち着いたタイミングが良いよ。喧嘩したって、晶叶は蟹のこと、嫌いにならないだろうし」
「SATELLITEみたいな曲か……。歌詞が違う雰囲気なら、多少抑えられる気がするけどな。後は俺が好きなドラムを詰め込むとか。なるべく緩急つけて……」
「まだ、良いとは言ってない。」
「晶叶は、自分だけでなんでも考えて決めつけたりしないだろ。きっと俺達に投げてくれるよ、どう演る?て。」
晶叶は、ミナトとは違う。
1人では抱え込まない。
こっちに投げてくれさえすれば、解決する方法は幾らでもある。
「………曲、聞いてからかな。」
スターダストは、次の音を静かに待ち続ける。
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