第2話(3)「歌声に触れた子」

晶叶が本格的に曲作りを始めた。

蛍井に送ったメッセージの返信は「考えさせて」だった。

それは蛍井の意見なのか、蟹江の意見なのか、それとも二人の総意なのかわからない。

ただ、曲が必要だ。今は一曲でも多くあったほうが良い。


カツヤはREC.のバイトを1週間休ませることにした。喫茶店milkも休みがもらえたらしい。

晶叶は集中してスタジオに篭っている。


昼ご飯を買いに行こう。

この様子では晶叶は出てこない。ご飯も食べないつもりだ。もともと細い体がさらに細くなって、ライブ中に倒れてしまう。

僕のお肉、分けてあげたい……。空腹でもへこまない腹の肉をさすりながらカツヤは外に出た。


地下から外に出る階段に、誰かが居る。

「こんにちは。スタジオ、使いますか?」

その影に声をかけると、飛び跳ねるように振り向いた。

「あ、あの!この……ポスターの……」

指をさされたところには剥がし忘れた、Room.Recのラストライブのポスターがあった。

そのバンドは、カツヤが晶叶をボーカルとして招いたバンド。

「ああ、剥がすの忘れてた。」

カツヤが剥がそうと手を伸ばす。

「あの!このポスターいただけませんか…」

勢いはあるけど、声は緊張していて、若い。学生さんかな…。黒くてツヤのある髪に高く結んだポニーテールが揺れる。

「ホコリとかやばいし、もっときれいなのが中にあるからあげるよ?」

「このバンドの、ボーカルの人って、今SODA FISHの、晶叶さんですよね」

「えー、知ってるの?…」

カツヤの中に警戒がうまれる。バンドメンバーとファンは微妙な均衡を保たなければいけない。自分のスタジオでトラブルはゴメンだという思いもある。また、晶叶がターゲットなら尚更。

「私、この間のライブでやられてしまいました……」

頭を抱える仕草をする。

「ずっと、耳に残ってます。歌い出しの震えるみたいに響く声。

最後どんどん激しくなるドラムに押されそうになりながら大きい口で、負けないくらい大きな声で歌い上げる姿…」

はぁ…とため息をつく。純粋な、晶叶の歌声に対する感想。

「僕も見たかったんだよね、そのライブ。あ、まだ前座だよね。」

「はい!もったいなくて!!!!なんでこのバンドが前座なの?!て、驚愕しちゃって。私、いろいろ調べたんです!で、あのライブに来てた年上のお姉さんが、晶叶くんは、前にRecの店長さんとバンドやってたよって教えてくれて。もしかしたら何か…晶叶くんのグッズが残ってないかな…って…。あの、店長さん…ですか?」

すごい行動力…。カツヤはあまりの勢いに圧倒される。

「グッズ…。何かあったかなあ」

元々面倒見がいいカツヤは、この学生さんに少し協力したくなってきた。

「いえ!あの!ポスターだけで私は全然満足なので!」

謙虚にされると余計に。

「ちょっと待ってね。持ってくる」

自分の机の中に多分、ライブのときに売ったグッズが少し残っていたかもしれない。

引き出しを開けると、他のバンドのフライヤーの束の下に数枚ステッカーが残っていた。

カツヤはポスターとRRのロゴステッカーを机の取り出して外に戻った。

「あの、ステッカーならあったけど、いる?」

「え?!い、いくらですか???」

持っていた小さなバッグを開けようとする。

慌てて手を振って

「学生さんでしょ?いいよ。それにもう使わないから。」

と制止した。

「でも…。良いんですか?…すごく嬉しいです。」

今にも泣きそうな顔で。

印刷があまりきれいじゃないポスターを嬉しそうに、曲がらないように慎重に持っている。

「またしばらくはスターダストで前座やるだろうから、見に行けるときは行ってあげてね」

「はい!もちろんです!」

ペコリと頭を下げて、帰っていく後ろ姿。

あんなファンが沢山増えると良いな…。

ポスターを丁寧に剥がした。

お昼ご飯を買って、帰ったら掃除しないと。


もっと、サービスしたほうが良かったのかな?

さすがに会わせるわけには行かないけど。

グッズは他にはさすがに…無いと思うけど、何かあったっけ?

音源テープはあるけど今はSODA FISHが歌ってる曲だし、僕があげるのは問題ある。

聴かせてあげる?でも楽曲自体は晶叶のものだ。

もっといろいろ晶叶くんの良いところとか蛍井くん、蟹江くんのすごさとか教えたら良かったかな。

そしたらもっとファンになったかもな。


いやいや、僕はそういうことをする人じゃないでしょ。

ああ…突然ファンが現れると、どうしたら晶叶のためになるのかわからないものだな…。


思案しながらコンビニへと向かう。

少し不安なことがあるけど、良いことがあった。晶叶くん、喜ぶだろうな。

彼の照れ笑いを想像したら早く伝えたくなった。足取りが自然と軽くなる。


スタジオに帰ると晶叶がトイレから出てきたところだった。

「お昼ご飯買ってきたよぉ……」

「ありがとう!」

ご機嫌で飛びついて、カツヤが持っていたコンビニ袋を覗き込む。

「曲、順調?」

お預けだと言わんばかりに持ち上げて、スタジオの受付兼事務スペースまで歩きながら聞いてみる。

「さっき、蟹くんから電話があって、新曲できたら聴かせてって」

他には何も言われなかったけど、いつもより優しい声だった。

「仲直り……したんだ?」

良かった……。カツヤの心配事が一つ消えた。

「多分。」

カツヤは買ってきたコンビニ弁当を書類やカセットテープが山積みのカウンターに広げる。

「あー、もお、ほんとに疲れた…」

晶叶は雑多な書類をまとめながらスペースを作る。

「一応気にしてたんだ。」

ミルクティーを晶叶に渡すとすぐにプルトップに手をかける。水も飲まないんだからこの子は……なんて思いながら見守る。

「そりゃ……そうでしょ。」

口元を拭いて、唐揚げ弁当に手をかけた。

「そんなふうに見えなかったよ。」

いつも前を向いてるように見えたから。

「あ、そんな晶叶くんに報告があります」

「え、なに」

「さっきスタジオの前にね、……晶叶くんの、オッカケイチゴウが来てたよ」

「なにそれ」

笑いながら割り箸を割る。

「ライブハウスであった人に聞いたんだって。前に僕とバンド組んでたって。で、外のポスターを欲しそうに眺めてたからきれいなのあげたよ。良かったね、晶叶くんの歌声にやられたーって」

さっき見た頭を抱える仕草を真似して見せる。

「ええ?本当に言ってる?……けどあのポスター、ずっと貼ってあったもんね」

「僕の放ったらかしグセが役にたったね」

カツヤはサムズアップをみせて笑う。

「いやいや、カツヤくんはちゃんと掃除とか片付けとかするって言ったじゃん」

照れ隠しに話を変える。

「ちゃんと剥がしてきたよ〜。でも、イチゴウちゃんすごく喜んでたよ。泣きそうな顔で」

「……まあ、役には立ってるか。」

唐揚げを頬張る。顔が熱い。

晶叶はくすぐったくて仕方がなかった。

自分のことを見てくれる人がいるなんて。

ミルクティーと唐揚げ。

甘くてしょっぱくて、曲はもうすぐできそうで、ファンもできたかもしれない。


軌道に乗った、気がした。





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