陰キャ魔術師の僕、冒険しながらモテと人望について考察する

ミンミンこおろぎ

第一章 ヒトが三人寄れば何かが起こる

第1話 過剰な勝利(オーバーキル) 

 その日、魔術師クランでは論文の発表会が行われた。

 会場の階段教室はヒトの熱気で蒸し暑いほどだ。


 季節は夏にさしかかろうとしている。


 魔術師クランの春の論文会は、ダンジョンがせいで時期がずれた。


(冷房の魔術道具を動かせば良いのに)


 そんなことを考えながら、僕はマントの内側にこっそり冷気の魔術をかけた。

 氷属性を持つ者の特権だ。



 演台の上では、美しい金髪の少女が発表している。

 題名は『複数の吸血鬼ヴァンパイアと戦う時の聖属性魔術について』。


 演台の金髪美少女の名はメリアンという。

 僕とは浅からぬ縁がある。


 ひらたく言おう。

 メリアンは僕がリーダーをつとめる『三槍の誓い』の治癒術師ヒーラーだ。


 メリアンが発表している論文には僕も協力した。

 正確を期ずるなら、協力者はもう一人いる。三人で書いたのだ。



 さて、会場の反応は良好である。

 いやいやいや。相当に良い。

 

 みんな演台にいるメリアンに注目している。

 やっぱり『複数の吸血鬼ヴァンパイア』はパワーワードだったな。タイトルに凝った甲斐があった。


 僕は心の中でニヤリと笑う。


 ……それにしても反応が良すぎるぞ。

 僕も演台に立ったことはあるが、こんな雰囲気ではなかった。


 思えば僕の発表した時は……、内容は濃かったと思うんだ。

 でも演台の上からから、あくびをしたり、キョロキョロしてる奴らが見えた。

 真剣に聞いてるのは一部だった。


 

 これ、もしかして。

 発表の内容よりも『金髪美少女』というメリアンの容姿が影響しているのではないだろうか?


 ……お前ら、ここは魔術師クランだろ。

 理性と研究と学問のクランだろ。

 情けないぞ。


 なんだか腹が立ってきた。



 お前さ、何を女の子に嫉妬してるんだって?


 心外である。


 気が進まない風のメリアンの尻を叩いて、演台に立たせたのは僕だ。メリアンの発表がうまく行ってるのは、僕の協力の賜物だ。

 多分。


 ただ、僕が演台に立ったら空気は違っていた。

 それも事実なのだ。



 そもそも、グダグダしゃべってるお前は誰だって?

 僕は、冒険者パーティー『三槍の誓い』のリーダーで、クリフ・カストナーと言う。


 これからも君を相手に、グダグダしゃべり続ける予定なので、よろしく。


 僕の中のもう一人の僕よ!




「あのメリアンって魔術師、すっげーカワイイな。

 クリフは同じパーティーなんだろ? 

 どういう関係なんだ?」

 後ろの席の悪友がボソッと囁く。


 こう来たか。


「シー、静かに。発表中だ。話してるのが演台から見えるぞ」

 僕はボソッと後ろに囁き返した。



 メリアンの発表は盛大な拍手で終わった。


「しっかし可愛かったなぁ」

 後ろの席の赤毛の悪友こと、ルークはまだ言っている。


 メリアンの中身を知らないから言えるのである。

 メリアンは確かに問答無用の美少女だが、『三槍の誓い』では随一のトラブルメーカーだ。



「赤毛の魔術師よ、恋がしたいなら行動あるのみだぞ」

 僕の隣にいた、エルフの男が言った。

 

 このエルフの男、名をイリークという。

 僕とメリアンといっしょに論文をまとめた三人目だ。



 イリークさん、何を言ってるんですか?

 あなたもメリアンの性格は知ってますよね?

 僕は心の中で突っ込みを入れた。



「俺は女の子に話しかけるのが苦手なんだよなぁ」

 赤毛の魔術師ことルークは溜息をつきながら返した。



 そうだ、その通り。

 ルークは僕とどっこいの陰キャである。

 メリアン相手の恋愛市場なぞに参入しても、ろくなことにならないぞ。



「『春は短し、恋せよ人間族』と歌に言うではないか」

 エルフ族の男は歌うように言う。

 声だけ聞いてると、つい頷きそうになる。



 エルフ族のイリークさんは、黄金の髪に紺碧の瞳の超美形のエルフである。

 そしてメリアンを超える、信じられないぐらいのトラブルメーカーだったりする。


 そして『今』まさに、騒動トラブルを起こそうとしている。



 ダンジョン都市ロイメにおいて、夏は恋の季節だ。

 夏の終わりに愛の女神アプスト様の祭りがあるからだ。


 最近、冒険者や一部の魔術師達が、夏の祭りに向けて浮足だっている。

 イリークさんはそれを見ているのだろう。

 

 でもさ、エルフ族に人間族の繊細な関係に口を出さないで欲しいんだよ。



「そういうものなのかなぁ。

 やっぱり可愛い女の子といきなり曲がりかどでぶつかるなんて、ありえないのかなぁ」

 ルークはブツブツ言っている。


「ロイメの曲がりかどの数と美少女の人数、そして人間族の人生の長さ。

 この三つを考えればおのずと答えは出るだろう。違うか?」



 イリークさん、魔術師クランの確率の授業に出てから、すっかり確率にはまっているんだよなぁ。



「現実を見ろってか。エルフさん綺麗な顔してきついよ」


「人間は老いやすく、髪の毛は失いやすい。

 恋を実らせたいなら、早く行動することだ。

 先んずれば人を制すと言うではないか」



 世慣れたオッサンが言えば良い台詞セリフになるだろう。

 でも、金髪フサフサのエルフが言うべき言葉じゃないと思うね!

 あっ、僕の髪の毛はまだあるぞ。21歳だし。


 しかしながら、ルークは考え込んでいる。



 やばいな。トラブルの匂いがする。

 この超美形の非常識エルフは、人間族の火薬庫れんあいじじょうの前で火遊びをしている。

 爆発したら、僕の手には負えないだろう。



 良いことを思いついた!

 トイレに行こう。

 突然腹が痛くなる。誰でもあることだ。


 自分の処世術に感動しながら、僕は立ち上がろうとした。



「クリフ・カストナー」

 超美形エルフのイリークさんが僕に声をかけた。


 思えば、失敗はここだった。

 イリークさんの言葉なんて無視してトイレに駆け込めば良かった。


「なんですか? 僕はちょっと腹が痛くて……」


「この赤毛男にメリアンを紹介してやったらどうだ?

 みな騒いでいるが、『ロイメでは夏は恋の季節』なのだろう?

 クランマスターや賭け屋と同じようにお前も一肌脱いでやれ。

 友人を助けてやったらどうだ?」


「……」



 陰キャの僕に恋の仲立ちを頼む。

 これが冗談ならどれだけ良いだろう。


 でも、この金髪超美形エルフことイリークさんは、本気で言ってるんだよな。

 真実偽りなく。



「そういうのは、僕ではなく……」

 僕はなんとかごまかそうとした。



 イリークさんはエルフ風の長衣の懐から一枚の紙を取り出した。


冒険者通信タブロイド紙』の最新号じゃないか!

 記事の内容は確か……。


「ロイメ娘の夏の恋の相手・条件ランキングが載ってるぞ。

 条件一は資格持ちだそうだ。

 赤毛男、資格は持っているか?」


「えーと、俺は魔術師クランの二級魔術師だけど」

 ルークは答える。


 ちなみに僕は一級魔術師である。

 ただし、防御魔術専門な。攻撃魔術はからっきしだ。



「条件の二、年齢は近い方が良い。年の離れた相手なら見合いで十分。

 歳はいくつか?」


「えーと、21歳」


「メリアンは19歳だったな。

 人間族の基準でも年齢は近い方だろう」


 イリークさんはウンウンと頷きながら言った。



「その三、ロイメに実家があると良い。持ち家で資産家ならなお良し。

 赤毛男、ロイメに家はあるか?」


「あるよ。うちは代々魔術師の家だ。一応だけど王国の貴族とも縁戚だ」


「ふむ。これも問題ない。

 この男は三つの条件をすべて満たす、いわゆる『優良物件』のようだ。

 どうだ? クリフ・カストナー。

 ここは紹介してやったらどうだ?

 人間族にとって恋は大切なものなのだろう?」


 超美形クソエルフはのうのうと言いやがった。


 僕は仮病じゃなく、本当に腹が痛くなってきた。


 クソッ!



更新は週二〜週三ペースで、昼の更新予定です。

とりあえず、明日の昼は更新します。



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