第30話 悪魔の所業
30 悪魔の所業
全ては、彼女の計画通り進む。
現に彼は、その戦場に現れたではないか。
それは、完全な不意打ちだ。
いや。
奇襲を以て挑まなければ、彼は一矢も報いられずに戦死するだけだ。
それだけは、嫌だ。
それだけは、御免だ。
彼はただ、人類の為になろうと必死だった。
その為に自分の決起が不可欠なら、彼は喜んで少女に対して、特攻をかける。
事実、少女と彼は相対して、虚を衝かれた少女は反射的に彼の機体に、致命傷を与えた。
或いは正当防衛とも言える、行為。
だが、あの少年にとっては、これは紛れもなくかけがえのない友の戦死だった。
いや。
その前に彼は少年に、呪いを残す。
《……やっと、だ。
やっと俺は、人類に、貢献が出来た。
俺がこうする事で、お前の決意が固まるなら、安い物だ》
《……まさ、か》
遠方から、彼のテレパシーが、少年に届く。
少年はただ、愕然とした。
彼は、いや、人類は少年の想いを知っていたのだ。
自分達の英雄足る少年は、今、よりにもよって魔王に恋をしている。
密会をして、その親睦を深めているのだ。
仮に少年達の恋慕が叶ったなら、人類は魔族を殲滅する機会を失うだろう。
魔族と言う脅威と隣り合わせのまま、人類は歴史を重ねなければならない。
その過程で人類が魔族に滅ぼされないと、誰が保証出来る?
もし少年を失った状態で件の魔王が人類を攻めたなら、間違いなく人類は終わりだ。
だったら、機会は今しかない。
少年とあの魔王を戦わせ、何としても少年を魔王に勝たせる。
そうでもしなければ、人類は、救われない。
誰かにとっての愛しい人は、永遠に魔族の脅威に怯える事になる。
そう考えてしまった人類は、だから彼女の計画に乗った。
その生贄に選ばれたのが、彼だ。
――嘗て勇者と呼ばれ、少年の親友だった彼は、やはり呪いの言葉を遺す。
《……いや。
お前は、もしかしたら、俺の死など、気にもとめないのかもしれん。
勇者の重責を押し付けた俺は、所詮お前にとっては、ただの負け犬にすぎないだろう。
けど、それでもお前は俺の友でいてくれた。
今でも俺の事を勇者だと称えてくれるお前は、俺にとって本物の英雄だ。
けど、それだけでは、まだ足りない。
お前が本物の勇者になるには、人類にとって最大の障害を取り除くしかない》
《ああああぁぁぁ……!
ああああああぁぁぁぁ……!》
魔力で視力を強化した少年は、死に行く彼の姿を焼き付ける。
こんなバカな事があるかと、少年はその身を震わせた。
《行け――ジュジュ。
俺の代わりに――本物の勇者になってこい。
ジュジュが彼女を倒せば――それが叶う》
元勇者である彼の名は――メイビス・タクト。
絶頂期は、少年と共に三人の魔王を倒した頃。
その後、彼は冒険者を続けたが、少年があげ続ける成果を前にして、自身の無力さを知る。
冒険者としての彼の実績は霞み、殆どの人間が彼に見向きもしなくなった。
彼はただ仲間と共に、ひっそりと冒険者を続けるだけだ。
酒に溺れた事も、ある。
自暴自棄になりかけた事も、あった。
だが、それでも彼は一度たりとて、少年を憎んだ事はなかった。
どれだけ少年は世界を輝かす光で、自分はその影だとしても、それは変わらない。
彼にとって少年とは、自分にとって数少ない誇るべき、何かなのだ。
だから彼はどんな時でも、少年の友であり続けたいと思った。
仲間になれないなら、せめて友でい続けたいと、彼は願い続けたのだ。
少年は、そんな彼の思いに応えた。
仲間としては彼に拒絶された少年だが、少年はやはり彼等が好きだったから。
或いは、それも当然か。
少年にとって彼やその仲間は、少年が最初で最後にパーティを組んだ仲間なのだから。
少年は彼等に認められたあの日の事を、決して忘れない。
だが彼は、人類の為に、暴挙に及ぶ。
彼は人類の為に、少女に殺された。
少年を決起させる為に、彼は少女に挑んで、殆ど意図的に少女に撃墜されたのだ。
彼の機体は爆発し、その閃光が少年の視界を焼く。
少年は彼の所業が、只の呪いだと知っていた。
《……でも、友達だった》
呼吸が、荒い。
確かに、頬を伝う物がある。
《彼奴は……友達だった。
最期まで、こんな俺様の、友達でいてくれたんだ――!》
故に、彼は吼えた。
「あああああああああああああああああああ―――っ!」
それが、人類が起こした暴挙である事は、分かっている。
少女はただ自衛しただけだという事も、分かっていた。
「けど、それでも、俺様が彼奴の死を無視したら、彼奴の死は本当に無駄になっちまう!」
「くっ?」
ある戦場に居た少女は、この時、初めて自分が何をしたのか知った。
ならば、少女は怯むしかない。
自分は、少年の大切な人を殺してしまった。
なら、少女は少年の手で討たれる事を、覚悟するだけだ。
だが、この計画を立てた彼女は、当然の様にそれを許さない。
《ダメ――下がりなさい、ウエルブ――!》
少年の前に立ちふさがったのは〝ザーフ〟――。
少女の国の宰相である、ウエルブ・ザーフの機体である。
怒りと絶望に至った少年は、ただ〝ザーフ〟を撃墜する。
その間、彼女はこう言い残した。
《私が、それほど陛下に想われているとは、思っておりません》
《……ウエ、ルブ》
《ですが陛下の恋心を知った私は、こうするしかなかったのです。
全ては陛下と、魔族の為。
その為ならば、この身などちり芥程の価値しかない。
どうか、勝利なさってください、陛下。
魔族の為に、いえ、陛下ご自身の為に、どうか勝って、リーシャ》
「あああああああああああああああああああ―――っ!」
ウエルブ・ザーフとは、少女の母を倒し、少女を魔王の座に就かせた張本人だ。
故に少女のウエルブに対する感情は、実に複雑だっただろう。
或いは母を死に追いやった魔族こそ、ウエルブ。
だが、彼女はその罪を償う様に、少女に尽くした。
少女を魔王に擁立して、誰よりも少女をうまく使ったのが、彼女だ。
正直、彼女が居なくては、疾うに少女の国は空中分解していたかもしれない。
少女に絶対の忠誠を誓っていた彼女は、だから何時しか少女の信頼を得る事になる。
油断ならない人物だと思いながらも、少女は確かに彼女を信じていたのだ。
だが彼女は、少女に対して狂信を抱くが故に、暴挙に及ぶ。
この計画を立てた彼女自身が、少女の為の生贄になる。
友であり、師でもある彼女が死んだ時、少女が抱いた感情はあの少年と同じ物だ。
少女は、全てを察している。
ウエルブと元勇者は、自分達を本気にさせる為だけに、その命を散らした。
たったそれだけの事をなす為だけに、命さえ投げ出したのだ。
ならば、それは、確かに呪いだ。
少年と少女を憎み合わせる為の――最大級の呪い。
だが元勇者は人類の為に命を懸け、ウエルブ・ザーフは魔族の未来を想って死んだ。
だったらその友である自分達が、奮起しない訳にはいかないではないか。
彼と彼女の死を無駄にしない為にも――少年と少女は今本気で殺し合う。
《ジュジュぅぅぅぅぅ―――っ!》
《リーシャぁぁぁぁぁ―――っ!》
決して戦場では出逢わないと誓った、二人。
だが、人類と魔族の狡猾さは、その想いさえも超える。
互いに友を殺された少女と少年は――いま殺し合う。
今日もソラが、遠い。
ただ月だけが――そんな彼等を見守っていた。
◇
「思い、出した」
ジュジュ・ドリグマが、震える。
「そう、だった」
リーシャ・レグゼムが、呟く。
「俺様は、メイビスの死に、報いなければならない」
「私は、ウエルブの覚悟に、応えなければならない」
よって、彼等はこう結論する。
「今こそ、決着を、つける時。
俺様達は、殺し合う運命だった。
そうだろう、リーシャ・レグゼム?」
「そう、だね。
あの二人が死んだ時、私達の運命は全て決まってしまった。
私は君を殺すしかないよ、ジュジュ・ドリグマ」
二人の双眸に、敵意が灯る。
もう今の二人には、オデッセイ・パルラの姿は見えていない。
ジュジュとリーシャの想いは、完全に三百年前に逆行していた。
それこそが、オデッセイ・パルラの能力。
彼女は三百年前のリーシャ達の想いを召喚し、現在のジュジュ達に投影したのだ。
故に三百年前に逆行したジュジュ達は、再びお互いを敵と認識する。
元勇者とウエルブ・ザーフの死が、彼等を凶行に駆り立てたのだ。
もう殺し合うしかないと決意を固めた二人は、そのまま地を蹴る。
宇宙まで上昇して、二人は巨兵化を果たしていた。
《やっぱり、結局、こうなった。
それも、全ては、私が未熟だったから。
私は、ウエルブがあそこまでするなんて、ついに見抜けなかった》
《それは俺様も同じだ。
俺様は、親友だと思っていた彼の覚悟さえ、最後まで知らなかった。
俺様はその報いを、今から受けなくては、ならない》
白き〝レグゼム〟と黒き〝ドリグマ〟は、いま臨戦態勢に、移行する。
《決着をつけよう、ジュジュ。
私は魔族の未来を背負って、君は人類の将来を背負って。
私達はやっぱり、そうなる様に生まれてきたんだよ》
《ああ。
終わりにしよう、リーシャ。
そうしなければいけない理由が、俺様達には、出来ちまった》
それが――決戦の合図となった。
〝レグゼム〟は銃からビームを放ちながら前進し〝ドリグマ〟は回避を繰り返しながら前進する。
両者の想いは、憎しみからは、遠い。
ただ、無駄にできない物を、二人は背負ってしまっただけ。
その全てを清算する為に、やはり二人は殺し合う。
二人のその様を、四人の人物が眺める。
その一人であるオデッセイ・パルラは、この結果に大いなる満足を覚えていた。
愛し合う二人が殺し合う様をみて――オデッセイ・パルラはただ微笑んだ。
◇
「能力は対極的だけど、二人の実力はほぼ五分と五分。
実際、彼女達は三百年間戦い続けながらも、結局勝負はつかなかった。
仮に今回もそうなれば、少なくともゾルダ人は滅びる。
あの二人はゾルダ人の為に戦っているのに、ゾルダ人が滅びる様を見逃す事になるの。
これほど皮肉な話は、他にないでしょう。
いえ。
今はあの二人の戦いを、心行くまで楽しむ事にしましょう。
さて、勝つのはどっち?
それとも、相討ちというつまらない幕切れもあり得る?
だとしたら、残念だわ」
いや。
この戦いは――勝者を生じさせる形で決着がつく。
相討ちという結果には――決してならない。
それはオデッセイ・パルラさえ見通せない、未来だ。
その赤く染まった未来を現実にするため、リーシャとジュジュは鎬を削り合う。
三百年と言う年月を経て漸く思い至った境地は失われ、二人は嘗ての自分に囚われていた。
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