第13話 体験版スローライフ

     13 体験版スローライフ


「つーか、精神的に疲れた。

 本当にあの連中、同じ様な事しか俺様達に求めてこねえのな」


「国って、そういう物だよ。

 国益こそが、第一。

 それは五千年前も、今の世も変わらないという事だね」


 マンションの一室で、大の字になって寝そべる、二人。

 そんなジュジュ達に、タウガ・アウヴァ曹長は、敬礼する。


「――本日は、本当にご苦労様でした! 

 ではまた明日の八時に、お迎えに上がります! 

 明日も、どうぞ宜しくお願いいたします!」


「……あー、曹長もお疲れ。

 あんたも大変だろう? 

 急に俺様達の、お守りを押し付けられて」


「いえ。

 その様な事は、ありません。

 私もアナタ方と接して、アナタ方が真に英雄と呼べる存在なのだと深く実感いたしました。

 正直、この任務に就けた事は、私にとって何よりの誉であります!」


「本当にアウヴァ曹長は、褒め上手ですね。

 私達をやる気にさせる為の方便だとしても、嬉しいです」


 どこまで社交辞令か分からないリーシャの言葉を聴き、タウガはもう一度敬礼した。


「いえ、今のは本心であります! 

 と、これ以上お二人の邪魔をするべきではありませんね。

 今度こそ、私は失礼させていただきます!」


 そう言って、タウガ・アウヴァは退室する。

 ジュジュ達は体を起こす事なく、彼を見送るだけだ。


 暫く天井を眺めていたジュジュは、またも愚痴を漏らした。


「……マジで疲れたな。

 これなら、リーシャと殺し合っていた方が、まだ楽かもしれん」


「え? 

 もしかして私――ジュジュを膝枕してジュジュを癒した方がいい?」


「………」


 普通に、ナチュラルに、リーシャはあらぬ事を言い出す。


 まさか惜しみなく曝け出されているリーシャの太ももは、ジュジュの頭を乗せる為にある?


 ジュジュは例によって、顔をしかめるだけだ。


「え? 

 何でそうなるの? 

 それとも、今のもリーシャお得意の冗句?」


 この娘は、時に、洒落にならない冗談を言う。

 これもその類かと思った時、二人のお腹は音を鳴らす。


 明らかに食を欲しているジュジュ達は、仕方なく立ち上がった。


「そうだね。

 先ずは、お腹を満たそう。

 ちゃんと栄養をとって、明日に備えないと」


「そうだな。

 いかな俺様達とて、腹は減る。

 今は食事をとるべき時か」

 

 だが、不可解な事に、何時まで経ってもリーシャはジュジュの部屋を後にしない。


 一分ほど経過した頃、ジュジュは遂にその疑問を口にした。


「え? 

 リーシャは自分の部屋に帰って、料理でもするんじゃないの?」


「え? 

 ジュジュは、私の分の食事も作ってくれるじゃないの?」


「………」


「………」


 暫く見つめ合う、二人。

 やがてジュジュは、こう結論した。


「……は? 

 もしかしてリーシャって、全く料理とか出来ない? 

 自分の面倒は全て俺にみさせるつもりなのが、リーシャなのか?」


 この世間知らずなお嬢様なら、あり得る話だ。

 事実、リーシャは当然の様に、首肯したではないか。


「勿論だよ。

 そんな事、決まっているじゃない。

 私の面倒は、今までメイドさん達がみていたんだよ。

 その私が、急に独立出来ると思う? 

 だったらジュジュが責任をもって、私のお世話をするしかないよ」


「………」


 自分の生活能力のなさを誇る様に語る、リーシャ。

 お陰でジュジュは、眩暈を覚えた。


「そう、か。

 リーシャは料理さえ、出来んか。

 そうだよな。

 お前って魔王として、崇められていたんだもんな。

 ……分かったよ。

 俺様が、料理を教えてやる。

 家事も教授してやるから、少しずつ独立しろ」

 

 ジュジュとしては真っ当な意見だと思っていたのだが、何故かリーシャは驚く。


「――え? 

 ジュジュは、私を独立させたいの?」


「………」


 この女、まさか一生自分の面倒をみさせる気か? 

 この勇者・ジュジュ様を、執事の様に扱う気?


 いや。

 執事と言えば聞こえはいいが、これではまるで下男だ。


 ジュジュはそんな危惧を抱きながらも、気怠い様子で返事をする。


「やかましいわ。

 リーシャはもう魔王でも何でもないんだから、家事ぐらい覚えろ。

 その手助け位はしてやると、さっきから言っているだろうが」


 と、ジュジュは早速キッチンに向かう。

 有り難かったのは〝冷蔵庫という箱〟に、食材が入っていた事だ。


 肉らしく物を手に取った彼は、説明書を片手に持って、キッチンを使用する。

 ガスコンロを開き、フライパンで肉を焼く、ジュジュ。


 リーシャは当然の様に、そんなジュジュを見守る事だけに専念した。


「――本当に何もする気がねえのかよ、お前? 

 少しは、手伝おうって気にならないの?」


「あー、うん。

 だってそれは――私の仕事ではないから」


「………」


 仮に二人の関係が夫婦なら、この時点で大分モメただろう。

 下手をすれば、離婚の危機だ。


 それ位リーシャの言い分は理不尽かつ、不遜だった。


 一体、何世代前の旦那を気取っている? 

 亭主関白という言葉は、今や死語だぞ。


 ただそんな事は知る由もないジュジュは、無言で料理を続けた。

 彼の料理は、何時もの通りだ。


 彼は皿を二つ用意して、それぞれの皿に一つずつ肉を置く。

 ジュジュはそれを、台所で座るリーシャにも差し出した。


「ほら、食え。

 ――肉だぞ、肉」


「………」


 リーシャは何かが腑に落ちない様子で、首を傾げるだけだ。

 やがて彼女は、こう訊いてみた。


「あの、お肉しかないんだけど?」


「ああ。

 肉だけだな。

 飯なんて――肉だけで十分だろう?」


「………」


「………」


 取り敢えず、文句を言うのは後回しにして、リーシャはその肉を箸で持ち上げる。


 その肉を口に入れた後、彼女はこう反応した。


「――雑。

 味付けがメチャクチャ――雑。

 ……アレ? 

 これってもしかして、お塩しかかかっていない?」


 ジュジュは、実に誇らしげだ。


「――ああ。

 肉なんて、塩がかかっていれば――十分だろう?」


「………」


 余りにも、ワイルド、すぎる。


 この時点でリーシャは、ジュジュがどんな生活をしていたのか、何となく想像がついた。


「……苦労したんだねぇ、ジュジュ」


「やかわしいわ。

 心底から同情したかの様な、顔をするな。

 ……何か傷つく」


 だが、確かにジュジュはリーシャが思った通り、サバイバル的な生活をしていた。


 魔王が住むダンジョンに赴いては、モンスターを倒す。

 空腹になったら、そのモンスターの肉を焼いて食べていたのが、ジュジュだ。


 それで十分だと感じていたジュジュは、だから料理の仕方も雑だった。


 いや。

 あらゆる事が雑なのが、このジュジュ・ドリグマという青年である。


 少なくともリーシャ・レグゼムはそう解釈して、肉を食べ終えた後、椅子から立ち上がる。


「なら、ここは世間勉強といこうよ。

 お肉以外の料理も美味しい事を、私が証明してあげる」


「な、に?」


 この料理も出来ない娘が、こうも大言壮語を吐くのか? 

 その意味がジュジュには、どうしても分からない。


 だが、リーシャには秘密兵器があった。


「あ? 

 何をしている、リーシャ?」


「スマホだよ、スマホ。

 ジュジュも、アウヴァ曹長から貰ったでしょう? 

 これがあれば、近場の飲食店の場所が簡単に分かるの。

 ――あ。

 これは私も食べた事が、無いかも」


 リーシャはスマホを使い、イタリアン料理の店を検索する。

 ジュジュにとっても、それは見た事がない料理だ。


「……何だ、これ? 

 チーズは辛うじて分かるが、この糸みたいな料理は何?」


「スパゲッティって言うらしいよ。

 ぜひ食べに行こうよ。

 ジュジュだって、まだお腹がすいているでしょう?」


「………」


 その見解に、異論はない。


 いや。

 スパゲッティとやらの広告を見たジュジュは、大いに好奇心を刺激された。


「……まぁ、そこまでリーシャが言うなら。

 いや。

 俺様は、肉で十分なんだぜ? 

 ただリーシャが食べに行きたいと言うなら、吝かではないという話だ」


「はぁ。

 ジュジュは本当に、ツンデレだね。

 幼児退行して、ツンデレになったのが、今のジュジュなの?」


「……やかましいわ。

 何だか俺様は、最悪の人間みたいに扱われている気がするぞ?」


「………」


「……おい。

 そこで、無言になるな」


 だが、リーシャ・レグゼムはやはり微笑みながら、こう謳うだけだ。


「いえ。

 ツンデレなジュジュも――十分可愛いよ」


「………」


 言うまでもなく、それはジュジュ・ドリグマにとって――とびっきりの笑顔だった。

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