第8話 リーシャ達の事情

     8 リーシャ達の事情


 戦いは――終わった。


 ベルディウス軍は潰走し――ワープを駆使してこの宙域から完全撤退する。


 それが自分達の勝利に繋がっている事に、まだディウス・クワイン元帥は気づかない。


 彼の副官が、その事を伝えたのは、間もなくの事だ。


「……あの。

 これは、我々が勝ったのでは?」


「な、に?」


 確かに、ベルディウス軍は駆逐された。

 それを勝利と言うなら、勝利なのだろう。


 だがディウスにも、懸念はある。


 あの二機の異常な力を見せた巨兵は、本当にゾルダ軍の味方なのか? 

 或いは第三国が介入し、ベルディウス軍を追い払っただけなのでは? 


 この後あの巨兵達はゾルダ軍を攻撃し、惑星ゾルダを征服するつもりなのではあるまいか?

 

 真っ当な軍人で、戦略家でもあり戦術家でもあるディウスは、そう感じてしまう。

 仮にそれが事実なら、やはり惑星ゾルダは危機的状況だ。


 彼がそんな危惧を覚えた時、通信が入る。

 旗艦のモニターにリーシャ・レグゼムの顔が映った時、ディウスは思わず我が目を疑った。


 あの可憐な少女が、ベルディウス軍を追い払ったのかと、彼は心底から驚愕したのだ。


 彼女は普通に、ディウスに語り掛ける。


『事は、済みました。

 貴官の警戒は尤もな物ですが、我々はあなた方の敵ではありません。

 どうぞその事を前提にして、話を進めていただきたい』


「我々の、敵では、ない?」


 やがてリーシャは、自分達の素性を、明かす。

 彼女やジュジュは、既に自分達がどういう状況下にあるのか、知っていた。


 リーシャ達の時代の宮廷魔術師は、嘗てこう言ったから。


 即ち――〝宇宙は膨張している〟――と。


 つまり時間が経過するにつれ、星々は遠ざかる事になる。

 リーシャが星空を眺めた時、最初に連想したのは、この事だ。


〝星が――遠い〟と感じた彼女はそれだけで、自分が居るこの場所は、未来の世界だと直感した。


 タウガ・アウヴァが知る通り、嘗て勇者と魔王は殺し合っていた。

 ジュジュとリーシャは互いの種族の為に、戦いに明け暮れていたのだ。


 だが、それも全ては、五千年前の価値観だ。

 未来の世界に来た自分達が、戦う理由は、もうない。


 少なくともリーシャとジュジュは、そう期待した。

 自分達を戦う様に促す者がいないなら、自分達はもう殺し合う必要もない。


 それ処か彼女達はこれ幸いと思い、自分達の願望を叶えようとした。


 それこそが――スローライフだ。


 五千年前の時点で、既に戦う事に疲れていた彼等は、だからもう引退したかった。


 田舎にでも身を置き、そこで好きな事だけをして、暮らす。

 平和な時間を満喫して、そのまま大往生を迎える。


 リーシャとジュジュが望んだ物は、そんなささやかな生活だ。


 ジュジュ達は、この時代ならそれが叶うと思っていた。

 未来の世界であるなら、過去の因縁に縛られる事もないから。


 知り合いが全滅しているであろう未来の世なら、誰も彼等に戦いを強制する事もない。

 彼女達は未来の世界にタイムワープした時点で、勝利を掴んだ筈だった。


『でも――そこにベルディウス帝国を名乗る侵略者が現れたのです』


 心底からうんざりする様に、リーシャは説明を続ける。


 この時、彼女達は二つの選択肢を迫られる事になった。


 一つは、この未来の世の人々を見捨てて、自分達だけスローライフを満喫する事。

 もう一つは、惑星ゾルダを救う為に、起つ事。


 結局彼女達は後者を選び、こうしてベルディウス軍を追い払っている。

 それも全てはジュジュやリーシャが、根っからの英雄気質だから。


 例え自分達が否定しようとも、彼女達はやはり英雄なのだ。


 その英雄が、異星人の侵略行為を、見逃せる筈もない。


 リーシャ達は行動を起こし、遂には母星を救った。

 そこまでリーシャの説明を聴いたディウスは、一つの疑問を口にする。


「だが、それなら、キミ達はそのまま姿を消せばよかったのでは? 

 誰にも正体を知られる事なくこの場を離れれば、誰にも注目はされないだろう? 

 第三者の目を気にする事なく、キミ達はスローライフを、実現できた筈だ」


 尤もとも思えるその質問は、この様な形で答えを返された。


『いえ。

 それでは、私達は本当にスローライフを諦めなければなりません。

 何故って、恐らくベルディウス帝国は――まだゾルダの征服を諦めていないから』


「あ」


 そこまで話が進んだ所で、ディウスは大体の事を察する。

 彼は己の閃きを、言語化した。


「なる、ほど。

 仮にベルディウス側の諦めが悪いなら、かの帝国は何度となく軍を差し向けてくる。

 敵軍が攻め込んでくる度に、キミ達は戦いに駆り出される訳、か。

 それでは、完全なスローライフにはならない。

 つまりキミ達が真に求めている事は、別にある。

 キミ達は――自分達の後継者を欲している訳、か?」


『流石は、司令官殿。

 正に、その通り。

 私達が正体を明かしたのも、その為。

 私達が自力で生徒を集めるより、政府の方達が生徒を集めた方が、効率がいいからです。

 優秀な生徒を募る為にも私達は正体を明かし――政府に協力を求める必要があった』


 リーシャの言う事に、間違いはない。

 類まれな力を有しているリーシャ達だが、人さがしとなると勝手が違ってくる。


 彼女達が一人一人ゾルダ人と会って、これはという人物を見つけるのには時間がかかる。

 だが政府なら、優秀な人物のデータは管理しているのだ。


 その中から、ジュジュ達の教育に耐えうる人間を選別する。

 優秀な人物ならリーシャ達の教えを受け、ジュジュ達と同格の力を身に付けるかも。


 後進が育ったなら、後はその人物達に全てを任せ、リーシャ達は安心して隠居出来る。

 そうでもしなければ、ジュジュ達は永久に戦いに駆り出される事になるだろう。


 今必要なのは――後進の育成。


 そう確信するが為にリーシャ達はこうして正体を明かし、政府の協力を求めている。

 

 彼等の事情を知ったディウス・クワイン元帥は――漸く納得を得た。


「了解いたしました、リーシャ様。

 アナタ方の事情は、私からゾルダの連合政府に伝えておきます。

 ゾルダの立場としては、アナタ方の提案を受け入れるしかないでしょう。

 彼等は喜んで、アナタ方に協力すると思いますよ」


『………』


 急に敬語で喋り始めたディウスに対し、リーシャは眉を顰めた。

 彼女はその思いを、口にするしかない。


『いえ。

 クワイン元帥、どうか私達の事を祀るのだけは――やめてください。

 連合政府の方達にも、そうお伝え願いたいのです』


「自分達を、祀るな?」


 ディウスが眉を顰める。

 何故って、民衆が英雄を祀るのは、彼の時代でも常識だから。


 ましてやリーシャ達は惑星ゾルダを未曽有の危機から救った、大英雄なのだ。

 国を救った英雄より、惑星自体を救った英雄の方がもてはやされるのは、当然と言えた。


『――いや。

 だから俺様達は、そういうのが嫌なんだ』


 と、ディウスとリーシャの会話に、ジュジュも割り込んでくる。


 モニターに映った彼の顔をみて、ディウスはこう納得するしかない。


「つまり――アナタが魔王?」


『………』


 この全身黒ずくめの少年は、確かに魔王に見えるだろう。


 だが前述の通り、彼の立場は全くの真逆にある。


『違う。

 まるで、違う。

 俺様は――勇者だ。

 見れば分かるだろう?』


「………」


 見ても分からないから、ディウスはジュジュを魔王だと勘違いした。


 いや。

 寧ろジュジュの見かけは、大いに魔王なのだ。


 これだけ怪しい少年なら、職務質問されても、おかしくはない。


「これは、失礼した。

 アナタが、勇者・ジュジュ。

 では――」


 ――あの可憐な少女が、魔王・リーシャだと言うのか? 


 ディウスはそう疑う一方で、確かにリーシャの目の形は若干釣り目だなとは思った。


『……何だか、まだ何かを言いたそうだな? 

 俺様が勇者である事に、何か不満が?』


 全く勇者っぽくないジュジュは、確かに子供の様な文句を繰り返す。

 この時ディウスは、孫と接する祖父の様な気持ちになった。


「まさか。

 不満など、ある筈もありません。

 確かにジュジュ様は、勇者と呼べるだけの働きをして下さいました」


『それはこの魔王も、同じだが、な。

 その俺様達を、そうやって祀るのが俺様達は気に食わないのさ。

 そういうのはもう、五千年前の時点で懲りたんだ。

 種族の未来を背負って戦うとか、余りにもバカバカしすぎる。

 ただ疲れるだけで、いい事なんて一つもない。

 大体あの連中は何で――いや、いい。

 あんたに愚痴っても、仕方ない事だ。

 とにかく、あんた達は俺様達に利用価値を見出すな。

 俺様達に頼り切って、堕落するのだけは止めろ。

 俺様が言いたいのは、そういう事だ』


「……アナタ方に頼り切る事は、堕落」


 と、孫の様に感じていた少年に、ディウスは半ば叱られる。

 この少年はディウスがその発想に至る前に、既に未来を見通していた。


 神の様に崇め奉る代わりに、ベルディウス帝国との戦争は、全て彼等に任せる。

 このままではそういった構図が成立する事を、ジュジュは知っていた。


『まあ、そうですね。

 私達はそういった状況を、既に体験していますから』


 リーシャが、苦笑交じりに告げる。

 ディウスは、納得するだけだ。


「成る程。

 過去の世だと、民衆のその在り方が、アナタ方を泥沼の抗争に導いた訳ですね? 

 アナタ方はその再現を、未来の世ではさせたくない。

 ――よく分かりました。

 その事も、連合政府には伝えておきましょう」


『………』


 その割には、この元帥は、今も自分達と敬語で接している。

 その事に一抹の不安を覚える、ジュジュ達。


 やがてその危惧は、現実の物になる。


 その事も――彼等はまだ知らない。

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