『渋谷フェイク・シンドローム』

@tarry_taryy

第1話 渋谷は熱と欲望の地獄

渋谷は、熱と欲望が混り合ういつもの地獄だった。

俺、**海老沢碧(エビサワ アオイ)**は、道玄坂のビル屋上で煙草をふかしていた。

昼過ぎ。今日のバイトはもう十分だと思えるほど汗をかいた。


派遣会社が回してきたのは「トワイライト・ミックス」とかいう音楽フェスの設営警備。

時給は悪くないが、雰囲気がどうにも性に合わない。

だからこの屋上が、俺の逃げ場だ。


手元のスマホには、フェスの掲示板。

「中止になるって噂ほんと?」「主催消えたらしい」

――そんなデマと憶測が、既にネットで増殖していた。

いつもの渋谷。誰かの悪意と焦りが、じわじわ街を濁らせていく。


そのとき、階段の扉が開いた。スーツ姿の男が汗だくで駆け上がってくる。


「いたか、海老沢さん! 五十嵐さんが至急お会いしたいと――」

俺は煙草を踏み消し、不機嫌そうに言い放つ。

「俺は休憩中だ。伝えとけ。テメェでなんとかしろってな」


男の「はあ!?」という声を無視し、俺はまた煙草を取り出した。

渋谷の地獄は、俺の煙よりずっと濃い。




午後。俺はひとりの男を見かけた。

黒川雅也――このフェスを仕切っていたイベント会社の元社員。


社員でもないのに現場を仕切り、指示を飛ばす。

横柄な態度。現場をかき乱す口調。

(こういう奴が1番トラブルを呼ぶんだよなとポツリ呟く)


その視界の端に、ひとりの女性。

相沢詩織――何度か別の現場で一緒になった、真面目でよく笑う子だった。

だが今は上司に詰められ、怯えていた。

噂の責任を押しつけられているようだった。


仕事が終わった夜、裏通りのカフェで泣いている詩織を見つけた。

俺は隣にしゃがみ、缶コーヒーを差し出す。


「……おい、こんなとこで座ってたら風邪ひくぞ」


詩織は俺だと気づくと、堰を切ったように泣き出した。

「私、やってないの。システムに入ったのは私だけど、データ流出なんて――」


俺はため息をつき、タバコを咥え直した。

「……お前がやってないなら、それでいい。

 だが世の中、“やってない”だけじゃ通用しねぇ。」


俺は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだまま言う。

「俺の時間を潰すことになる。時給は高くつくぞ。――全部、話せ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る