第5話

なんて、ほのぼの野営の夜が明けたら――


そこには、絶望が待っていたの。


「取りあえず、近隣の集落に行こう」


そう言ったのはオイレちゃん。


カーターくんと相談して決めたらしい。


「物資も心もとないですし、集落は羊族のものです。

 僕らのことも、きっと迎え入れてくれると思います」


……、ね。

自信満々に言う割に、コネはなさそうだけど?


まあ、私が口を挟むわけにもいかない。

三人組についていくことにしたわ。


――そして、問題はそこから。


「その集落って、遠いのかしら?」


ライカちゃんが答える。


「近いぞ。あの山を超えて、二日で着く」


……二日?

この森のけもの道を抜けるだけでも大変なのに?

山越えで二日って、どんな地獄?


「おい、ライカ。それはおかしいだろう?」


おお! オイレちゃん、よく言った!

そうよね? 二日歩いて“近い”って意味わからないわ!


「人間の女がいるんだ。三日は見ておいたほうがいい」


……唖然。

なんなの、この人たち。優しいの?  失礼なの?


でも、ひらめいたわ。

『manga』を読んでてよかった。

こういう時は――魔法よ!


「カーターくん。あなた、魔法使いでしょ?

 ワープとか出来るのよね?」


「えっと……転移魔法ですか? そんな高等魔法、使えませんし。

 この距離で使う意味、ないじゃないですか?」


……なんですって?

車もヘリもないのに? 歩けって言うの?


私はこの世界に来て、初めて、心の底から絶望したのよ。


クソ……おっと、いけないわ、ヴェロニカ。

そんな汚い言葉を使うなんて、淑女としてあり得ないことよ。


歩き始めて数分も経たないうちに、足が痛くなってきた。

ハイヒールなんて履いてくるんじゃなかったわ。

心の底から後悔している。


ライカちゃんとオイレちゃんは先行中。

隣にはカーターくん。


「ライカさんとオイレさんが道を切り拓いてくれてるから、歩きやすいですね」


……歩きやすい? だと?

思わずホルスターに手が伸びる。

ああ、そうだったわ。銃なんて、持ってないのよね。


「そうね。ありがたいことだわ」


なんとか笑みを作りながら答える私。

我ながら冷静。感嘆するわ。


「その、一つよろしいですか?」


「なぁに? お姉さんに彼氏がいるか──とかかしら?」


カーターくん、ポカンとしてる。


……しまった。スベったわ。


「あの……失礼ですが、本当に獣王様なのですか?

 力強さも、魔力も感じないのですけど……」


……そうよね。

一時間も歩いてないのに、肩で息をしてる神様なんていないわよね。


不味いわ。

このままじゃ、ただのスープ詐欺師として処刑コースよ。


「封印のせいね。

 そのせいで、依代になった女の力しか出せないのよ」


「それにしても……体力がないような?」


「病弱な娘だったの。仕方ないわ。

 歩くことすらままならない体を、私の力でなんとか動かしているの」


「……話し方も随分、変わってしまってますけど?」


あの喋り方、喉に悪いのよ。

私の声がガラガラになったら、誰が喜ぶの?


「あなた達に敬意を示して、親しげに話しているの。

 ……気に入らないか?」


あえて、最後に“獣王ボイス”を添えてみた。


「い、いえ!そんな……つもりは!

 失礼しました、獣王様!」


よし。

(๑•̀ㅂ•́)و✧


乗り切ったわ。

流石はヴェロニカさんね。


道すがら、カーターくんから色々と聞けた。

魔法使いらしく、物知りなのはイメージ通りね。


「なるほど。獣人ビースト・マンは部族ごとに分かれて生活してるけど、

 緩い連携を取ることもあるのね」


狼、梟、猫――種族はバラバラでも、差別や上下関係はほとんどないらしい。


「ええ。そんな感じです。

 もちろん、強い部族はありますけど、狼が上、猫が下……

 みたいな決まりはありません」


素晴らしい。素晴らしいわね、獣人ビースト・マンは。

私の知ってる知的生命体なんて、目の色や肌の色だけで戦争してたのに。

獣人の方が、よっぽど倫理的じゃない。


「……あの、それは……獣王様の時代から変わってないと思いますが?」


……あ。

やってしまった。あまりにも常識外れだったかしら。


なら――演じるしかないわね。


「ぐわぁぁぁぁぁ!! 頭が痛い!

 勇者め、記憶にまで封印を施すとは……!

 ううっ、頭が割れる!!」


私はその場で頭を押さえ、派手に転げてみせた。


「獣王様! お気をたしかに!

 ポーションです、これを!」


カーターくんが慌てて差し出す。

……怪しげな薬。悪いけど、依存性とかないわよね?


でも、いいことがわかった。

カーターくんはとても優しい。

そして――とても騙されやすい。


あと少しくすぐれば、もっと“仲良し”になれそうね。


相手を知るのは、“友達”になる第一歩。

私、何か間違ってるかしら?




なんて茶番を繰り返して歩いていると、

ライカちゃんが道の先で座り、こちらを待っていた。


彼女とオイレちゃんは、私のために藪を切り拓いてくれていたはず。

それなのに――妙に静かだ。


「しっ……静かに。この先に“狩人”がいる」


その言葉に、カーターくんの背筋がピンと伸びた。


狩人? ライカちゃんも狩人ではなかったかしら?

まぁ、狩人風の料理を作っただけで狩人になるなら、

プッタネスカ──娼婦風のパスタを作った者は、皆、娼婦になってしまうわね……


狩人と呼んだその声には……重いものが混じっていた。


「オイレが様子を見ている。

 ウチはお前たちを待っていた。物音を立てるなよ」


ライカちゃんは低く囁き、両手の斧をぎゅっと握る。

その刃に光が反射して、一瞬だけ鋭く光った。


――はぁ。やれやれ。

お話し合いに行くわけではなさそうね。


こそこそと歩いていくと、草むらにオイレちゃんの姿があった。

彼女は顎を動かして、視線の先を示す。


――男たちがいた。


あらあら……まだ日が高いのに、酒盛り?

随分と景気がいいわね。


彼らは獣人ビースト・マンではなさそう。

粗末な鎧、腰にはナイフや投げ縄。

そして――その傍らに、縄で繋がれた男女がいた。


羊の角。羊の足。

──獣人ビースト・マン


列を成し、木に縛られている。

酒盛りの最中に逃げないように、しっかりと。


……なるほどね。

カーターくんの話では、獣人は奴隷として売られているそう。

あの男たちは、その“仕入れ人”というわけか。


獣を狩る職業。


――『狩人』とは、言い得て妙ね。


「チッ、好き放題、言って……」


オイレちゃんが吐き捨てる。

……え? この距離で会話が聞こえるの?


「……その顔。聞こえないのか?

 奴らが、どんな言葉で我々を侮辱しているのかを」


睨みつけてくるオイレちゃん。

なるほど、獣人ビースト・マンは耳もいいのね。


ライカちゃんも、カーターくんも、険しい顔をしている。


「獣王様は、封印の影響で、獣人としての力を失ってるみたいなんです」


カーターくん。ナイスフォロー。

お姉さん、うれしいわ。


彼が杖を振ると、微かな風が流れた。

音が運ばれてくる。


「……にしても、大漁だったな。

 羊どもは一匹殺せば大人しくなるから、楽でいいぜ」


――なるほど。狩人どもの会話が聞こえるわ。

これが“魔法”ってやつね。


そして……これが“現実”というわけ。


人間は、今日も楽しく酒を飲み、笑いながら奴隷を増やしている。


興味深い。

とても、とても……興味深いわ。


私たちが向かおうとしていた集落を、一足先に襲ったのが彼らだ。

羊の獣人たちは、まとめて縄で繋がれていた。


……お酒を飲んで、腹を満たした後。

男たちは、次に何を求めるか。


「おら、こっち来い!」


狩人の一人が、若い羊の娘を引きずり出した。

悲鳴があがる。

他の狩人たちは、それを肴に笑い声を上げた。


あらあら。お盛んなこと。

満たされぬ腹の次は、男としての欲か。


――まったく、どこの世界でも“商売の基本”は似たようなものね。

安く仕入れて、高く売る。

欲を満たすために、誰かを削る。



なら、それは……私の得意な『商売』ね?



──続く

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