第24話:星原の下で

 電車でもバスでも、イドちゃんに向いている視線がいくつかあるのは分かっていた。


 整った顔立ちや女優のようなルックスについ顔が向いてしまう、みたいな引き寄せられているものじゃない。明らかに、意識して注意を向けている。

 バスから降りてすぐ、試しに宙の一点をじっと見てから「幽霊?」とつぶやいてみたら反射的な反応がいくつもあった。

 多分、討伐部だ。先んじて来ていた人もいるみたい。でも、今ので牽制はできたと思う。


 散歩コースの落ち着いていて静かな空気が、逆に緊迫感を際立たせていて、ダイヤちゃんのもとへ向かう足にもしびれのような緊張が走っている。


 心臓をバクバクとさせているうちに、学校の裏山に着いた。「散歩ルートではないのですか?」って訴えている目に首を振って、以前に通った赤い紐のルートを進む。


「ちょっときつい話をするけど、耐えて」


 言うと、イドちゃんはうつむいて、しばらく黙り込んでいたけど、意を決したように右手をぎゅっと握ってきた。


 安心させられるんだったら、今は恋人つなぎでもなんでもいい。ううん。気が楽になっているのは、私も。


 深呼吸を一つして、告げる。


「単刀直入に言うね。ダイヤちゃんは行方不明になったんじゃなくて、お姉さんとの散歩中に、学校の裏山で落ちて亡くなったんだと思う」


 隣で、息を短く吸う鋭い音が聞こえた。

 ややあってから声が返ってくる。

「りょうちゃんは、知っていたってことですよね。ダイヤが落ちたことを」

「うん。でも、リードを持っていた手をうっかり緩めたって伝えるのが精一杯だったんだと思う」


 私が同じ立場でも、多分、言えない。こっそりと裏山に行っていたせいで、愛犬を失ったなんて。お母さんにもお父さんにも、どう説明したらいいか分からないと思う。しかも、そのときのお姉さんは、まだ小五。冷静な判断なんてできるわけがない。


「当然、周りは散歩ルートでリードを離したって考えているから、行方不明になったんだって思ったはず。でも、本当はここに来ていた。それが、私の推測」

「根拠はありますか?」

「ある。まずは、箝口令が敷かれていたこと」

「箝口令ですか?」

 切れ長の目が丸くなった。

「私は知らないです」

「当然でしょ。イドちゃんに、お姉さんの居場所を教えないようにって内容なんだから」

「なぜ、そんな命令が出たんでしょうか」

「お姉さんから言われたんだと思う。自分の存在を教えないでって。交霊会は霊を尊重する方針で活動しているんでしょ?」

「でも、それなら、どうしてりょうちゃんがそんなことを言ったんですか? 私はずっと会いたくて、会いたくて仕方がなかったのに」

「だから、じゃないかな」

「どういうことですか?」

「イドちゃん、お姉さんにべったりだったでしょ」

「べったりでした」

 もし、そんな妹を残して、世を去ってしまったのなら。


「お姉さんは、イドちゃんを一人にしちゃったことを後悔している。亡くなった自分に依存したまま、ずっと孤独に過ごすことになるんじゃないかって」


 ――この人も、孤独を抱えているのかもしれない。


 調査レポートの一文が思い起こされる。


「でも、リーちゃん先輩がパートナーになってくれましたし」

「危険指定が出たとき一人で探しに行ったでしょ」


 言うと、ばつが悪そうに目を逸らした。痛いところを突かれたって思ったのかもしれないけど、こっちは結構心配したんだから、これでおあいこ。


「つまりね、お姉さんが霊として残っている理由は二つ。散歩中にここへ寄ったせいでダイヤちゃんを亡くした後悔と、イドちゃんがずっと一人になるんじゃないかっていう不安。この両方を解消しないと浄化されない。だから、連れてきたの」

「連れてきた、ですか?」

「そう」


 ちょうど、着いた。

 町を一望できる場所に。

 ダイヤちゃんは、いる。前に来たときと同じ場所に。

 近づくと、甘えた声を上げ始めた。再会できて嬉しいんだと思う。


「だから、……姿を見せてあげてください。ダイヤちゃん、ずっとここで待っていたんだと思います。あと、イドちゃんをもう、一人にしませんから」


 お姉さんがいたのは、イドちゃんが絶対に見えない場所。

 それでいて、イドちゃんが一人じゃなくなったことを確認できる場所。


 ――イドちゃんの、背後。


「りょうちゃん!」

 よかった。耐えてくれたんだ。悪霊にならないようにって。


 しばらくの間、堰を切ったようにイドちゃんが話すのを聞いていた。ダイヤちゃんはときどき、なでられたかのように頭が揺れたり、抱き上げられたのように宙へ浮かんだりしていた。


 最後に、ダイヤちゃんは一つ鳴いて、光の粒となって散った。


「……ダイヤは、無事に浄化されましたか?」

「うん。お姉さんも?」

「はい。『帰ろうか』と言って。多分、この景色を眺めたあと、ダイヤにいつもかけていた言葉だったんだと思います。私には『ごめんね』と『よかった』を言ってくれました」

「そっか」

「そして、リーちゃん先輩には」

「私にも?」

 声のほうを仰ぎ見ると、星原を背景にして、はにかんだ顔があった。


「少しずれたところのある子だけれど、末永くよろしくお願いします」

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