ep.2 [陽翔]意志燃焼
戦いを求めた俺に、大人たちは口を揃えて『君たちは戦わなくていいんだよ』なんて諭そうとする。でも俺は思うんだ。そんな訳ないだろって。
“冒険者育成学校”。通称——学校。
なんの捻りもない呼び名の理由は、ひとえについこの前にこれまであった文明の痕跡が綺麗さっぱり消滅した。つまり元の学校は既にひとつも残っていないからだ。
この間ようやく完成したこの学校の敷地内に居れば、どんな危険からも守ってもらえる。そう聞いていても慌ただしく動き回る人々を見て、何も行動を起こさないでいられるほど無感情なわけがなかった。
冒険者育成なんて書かれてるくせに、一向に戦わせてくれない先生方に俺たちは言った。『役に立ちたい』『戦うことを選択できるようにして欲しい』と。
学校完成前から言い続けていた言葉がようやく大人に届いてついに今日、初めてダンジョンに入れることになった。
恐怖と興奮に騒ぐ胸をドンと叩き、覚悟を決めて冒険者を統括する“協会”の職員に向かって一直線に走る。
「今日は!よろしくおなしゃすッ!」
目の前まで駆け寄って、気合いのこもった挨拶を行う。そんな俺に今日俺たちをダンジョンに連れて行ってくれる協会職員の6人は揃って口元を緩めた。
「おぅ、おはよう! 調子はどうだ?」
「いや、もうぜんッぜん大丈夫です! むしろ万全で体力も有り余ってるんで!」
彼らの中でも特に強そうな雰囲気の漂う男性が俺を気遣うものの、その言葉に足を止めさせるものは含まれていない。
これまで押し留められていたのもあって、それだけで溢れんばかりの笑みが溢れる。
体力テストをパスして、素振り審査も通過。元々運動能力が良かった俺はダンジョンに入る前提条件をクリアして、学校組発の冒険者第一陣となって自分の意思で戦うことを選んだ。
待ちに待った今日この日、武器の携帯を認められるようになるための第一歩に心が踊る。
「あれだ、他の子はどうだ? 具合悪そうなやつは居なかったか?」
「あー、ちょっと分かんないっすね。でもすぐ来ると思うんで、遅くなってほんとすみません!」
やる気はあっても体力が足りない人と、第一陣という言葉に尻込みする人が多く、結局今日の冒険者体験研修に参加する生徒はたったの5人。
もう少し生徒数が増えるらしいが、男女合計110人ほどである生徒数から考えると気持ち少ない。
まぁ“良い子”が多いから当然っちゃ当然か。
「いやいや、まだ時間まで結構あるからな」
姿の見えないスクールメイトについて謝るが、自身が早く来すぎていたことを思い出す。
「あーッ! すいません! 玄関でいまかいまかと待ってたもんでお兄さんがたの姿を見た瞬間に走り出しちゃったんす! あれっすね。ちょっと落ち着いときます」
すー、はー。と深呼吸を数回。手が汗ばむ意外に変化は見られない。
「そういや知ってますか? 今日の参加者に女子ひとりいるんですよ。ちょっと心配なんですよね。俺は今年高2のはずなんすけど、その子はまだ中3みたいで。
あれなんすよ、お兄さん方からすれば子供の一括りかもしれないんですけど俺からしたらやっぱりまだまだ小さくてですね。気のいい子だしまぁ心配なんですよね」
やべぇ俺なに言ってんだろ。何か話さなきゃと言っても初対面にこれはねぇでしょ!
職員はハッハッハと笑い、面白そうに眉を曲げて俺に言う。
「まずは自分の心配をしろよ〜? 気を取られて怪我するじゃあ俺が叱られちまう」
「そ、そうですよね! すいません、俺
「佐賀くんか。俺は……っと来たな。全員揃ってからにするか」
仮校舎の何倍も綺麗ではあるけど、やっぱり土魔法で作られた学校の玄関口から俺と同じく、学校から配られた武器防具に身を包んだ生徒が4人、バラバラにこちらに向かって来ていた。
「よし! それじゃあ点呼を始める——」
集合して軽く自己紹介が行われ、ついに念願の迷宮初日が始まった。
水分などの荷物を担当職員に渡して身軽になる。重たいものは小剣と小盾の武器ワンセットのみ。胸部を守る薄いチェストプレートは軽く、動きにくさはあるもののほとんど阻害感がない。
生徒には協会職員がマンツーマンに付き、最初は囲んで守られる形でゲートの向こう側。ダンジョンへと侵入した。
ここのダンジョンの階層移動方式は階段型。入口も同じで、内部と地上を隔てている不安定に揺れる膜を通って、少し広さのある空間まで移動する。
光源が無いのにも関わらず明るい内部は、ゴツゴツとした感触の広めの洞窟で冷涼。動くには適していた。
全員が身を守りやすく振りやすい装備に身を固めながら、一歩また一歩と跳ねる心臓を落ち着かせながら、自然体で歩く職員に守られて先へ進む。
そんな戦う気満々だった俺の初戦は、死にかけまで弱らされたコボルトにトドメを刺すことだった。
はじめは好戦的だったのに、今は地面に転がって弱々しく呼吸を繰り返す。思わず逃がしてあげたくなってしまう悲壮感が、敵であるはずのコボルトから感じられる。
もちろん感じるものがそれだけのはずが無く、殺すことへの忌避感がその手を振り下ろすことを止めさせていた。
たまらず一歩後ろに下がる。そのまま顔を上げて『すみません。俺には出来ません』と口に出しかけたその時だった。
「ゆっくりでいいぞ。準備ができたら一思いにやれ!」
「——はい!」
よく知っている女子生徒は返事の直後、ドス——となんの躊躇いもなく剣を突き立て、コボルトはひとつの石を残して消滅する。
石とか死体が残らないとかそんなことよりも、俺はなんの抵抗感もなしに俺よりも小さな女子がコボルトを刺し殺したことに驚いた。
「……マジかよ」
「え? やんないの?」
思わずこぼれた呟きに短めの黒髪がふわりと浮いてこちらを見つめる。その可愛らしい表情に、今は狂気を感じずにはいられない。
「今はこうしてくれてるけど、協会職員さんって人数少ないしみんな忙しい中でこんなに沢山手伝って下さってるんだよ? 時間は大切にしなきゃ!」
「……」
『そうだよね』と言おうとしたのに声が出ないまま、目の前に横になるコボルトを見て、その未来の姿である少女に握られる石に目をやる。
一歩前に出て剣を下ろすだけなのに俺の体は重く、金縛りにあったかのように動けなかった。
「お前さんやっぱり元からレベル保有者だろ」
「そうですけど……」
やけに遠くから聞こえる会話に頭が動き出す。
レベル保有者ってことはもう殺めたことがあったってこと? これを? なんで? どこでそんなことを?
学校に集められた生徒はダンジョンなど危険な場所には近づけない。まして戦うなんてできないと思ってたのに。
周りを見渡すと、他の生徒たちもほんの少しのためらいを見せながらトドメを刺していた。
「どこで戦ったかかは知らねぇが、誰もが踏ん切り良くできるわけじゃあねぇんだよ」
最初にしゃべっていた職員がこちらに向き直って、安心させるように優しく笑いながら口を開く。
「んで、やめとくのかい? 俺たちはそれでも全然いい。まぁ、次はいつできるか分からねぇがな」
「や、やります!」
別にグロくは無い。突き刺すだけ。それで終わる。そう自分に言い聞かせようとするものの、胃酸が腹から迫り上がり一歩下がる。
「——う゛おえ゛!!」
急いで屈んでも『ビチャビチャ』と汚い音が嫌に大きく鳴り響く。
「今日はやめとけ」
担当職員のから声がかけられる。
だけど! いま出来ないでいつ出来るんだ、覚悟はもうしたはずだろう!?
無理やり息を吸う。酷い匂いが口を通った。
震える手で剣を持ち上げ、重力に任せて突き刺す。剣先は想像より柔らかく沈み込む。骨に当たるまでは一瞬で、切先は自然に落ちていった。
血の匂いが鼻先を掠めると、程なくして弱ったコボルトの体が朽ちる。その、異様なほどに長く感じた命を奪う感触は、カランと
「ふぅッふぅッ! 大丈夫です。俺もできました。でも……すいません。今日はちょっと、これで終わりにして欲しいです」
俺は離脱を宣言すると即座に承認され、みんなを残して帰還を開始した。
第一陣の中でリタイアは一人。そんな俺のために担当職員は学校まで送ってくれるという。
ああ、かっこ悪りぃなぁ。怖くて剣を振れないなんて……ほんとにだせぇよ。『殺めることで自分が変わってしまう気がして』なんてダッサイ言い訳はいらない。俺はただ逃げたんだ。
自分の弱さに俯いていた、そんな時だった。
「頑張ったね」
小さく、遠慮気味な声が俺の耳に届く。
「……え?」
突然かけられた言葉に驚いて相手に視線を向ける。顔はよく見えない。けれど、まっすぐと前だけを見て歩き続ける、担当職員の頼もしい背中が俺の目に映った。
「僕には君が一番立派で、人間らしいと思ったよ」
「そんなの、別に」
——褒めるようなことじゃないですよ。
逃げた現実から生まる否定の言葉が胸に渦巻く。
「いや、きっと君は自分から好き好んで戦いを望んだ人じゃない。きっとこれまで何度も考えて、悩んで。それでも進んだんだよ。君は勇気を持って一歩踏み出し、最後までやり切った。率直にすごいと思うよ」
まるで俺の心の内を全部知っているかのような心地良い言葉。でもそうじゃない。
「最後までって、俺は最低限しかできてないですよ。みんなはまだ戦ってる」
「いいんだ。最高は求めなくていい。君が最低限だと僻んでも、それをやり遂げた証はもうその手の中にある」
そうだと思い出して小さく呟くと、目の前に《
一つの命を奪って得た
「でも次はきっと、もうできませんよ。弱っちくて嫌なんですけど、剣を振り下ろすのが怖いんです」
指先がピクピクと不規則に痙攣する。肌を突き刺す瞬間のほんのわずかな抵抗感。ヌルッと落ちた剣先から伝わる感触が今も手にこびり付いていた。
「殺すことが怖いのはきっと防衛本能だよ。自分が自分らしくいるための大事な感情。実際に僕も最初は怖かった。でも後ろにいる妻と娘を守るために、石を振り続けたんだ」
「石を?」
「うん、石を。僕は結構な田舎に住んでいてね。実を言うとゲートが開いた3週間後以前からもモンスターは地上を出歩いていたんだ。俺たちはそれに襲われた」
それと比べて俺なんて……殺しが必要と分かって応募して、いると分かって中に入った。戦える人の護衛付きでだ。なんて恵まれてるんだろう。でも、俺には無理だ。俺はこの人より心が弱い。
「……きっとすぐに、その時々の力ではどうしようもできない出来事が増えてくる。そんな時に抵抗できるだけの力が、誰かを守るには力が必要なんだよ。大丈夫、きっと君は強くなる。進化者である僕が保証するよ」
深い声が心に染み入っていた。そんな中で語られた、人間に太刀打ちできないような強力なモンスターの存在と、それらを含めてスタンピードが野放しにされている現状。『本当はあまり言う話じゃないんだけど』と言って教えられた情報は、どれも信じられない内容のものばかりだった。
協会は新たな冒険者を待っている。ひとりでも多く戦う人を、ひとりでも多くの守りたい人を守り抜くために。
社会は終わったと思っていた。このままゆっくりと滅ぶか、はたまたおとぎ話のような英雄が現れるか。
でも違う。優しい滅びなんて世界は許してくれないし、全てが消えたわけじゃない。待つだけじゃなくて、こんな世界でも誰かが起こした小さな火種が、今まさに焚き木を求めている。
見上げた空は、今日も雲に覆われている。それでも雲を突き抜けて地上を照らす光がある。
俺も安心の保証である光のような何かを放てる、そんな人になりたいと強く思った。
俺は弱い。馬鹿みたいに心も弱い。それでも掴んだレベル1。おうとも、このまま焚き木になってやろうじゃないか。
奮い立つ心のままに前を向く。今も作られる家々が、働く人がこれまでよりもずっと色付いて見える気がした。
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