第6話 あなたはジゴロのはずでしょう?
この物語はフィクションです。
予想した通り、男が私のいるテーブルに歩いてきた。
どうしようか一瞬迷った。
しかし空いているテーブルもなさそうなのでさりげなく、私のカップのソーサーをズラせて彼のスペースを空ける。
あちらもさりげなくスッと空けたスペースに滑り込む。
私は再び視線を窓の外の人波に移す。
しかし私のアンテナはしきりに彼の方を伺っていた。
今までの経験がいつしか体に染み込んでいた。
すこし緊張した気持ちを隠すようにさりげなさを演出する。
せっかくこうして一人寛いでカフェでお茶を飲んでいても、いつも同じように静寂を破られる。
それはどの時間帯も同じだった。
夜間はさにあらず。
早朝ならまだ起きている人も少ないだろうと夜明け前のカフェに出かけたこともあった。
大きな公園内の静かでお洒落なカフェチェーン。
昇る朝焼けが目の前の池に映る様は私に静かな活力を与える。
鳥の囀りを聞きながら朝靄の木立を眺めていると心の底から寛げた。
そんな静寂をいつもの声が突然破る。
「ねえ、一人さびしくコーヒーを啜っているより俺と一緒にどう?」
こんな爽やかな朝ににつかわしくないヨレヨレのスーツの男が話しかけて来た。
なぜこんな早朝に…。
どうやら終電を逃して公園内で夜を明かしたのだろう。
まだ強い酒臭さが鼻をつく。
知らぬふりをしてコーヒーを飲んでいるが隣に張り付いてこちらを上から下までじっとみている。
男が指を私の髪に伸ばしかけた。
私はすぐに立ち上がりカップを返却口に戻しカフェを後にする。
日中、皆が働いている時間なら大丈夫だろうと昼下がりのカフェでお茶をしていても…。
「お一人ですか?」
いかにも紳士といった初老の男性が満面の笑みを浮かべて声をかけてくる。
私が、一人でゆっくりしているから暗にー放って置いてーと告げてもシレッと隣のテーブルに着く。
そして独り言ですよと言わんばかりにーーポエムのような薄寒い蘊蓄を延々と語り、こちらが関心がないと見ると憮然として席を立つ。
こちらは何も悪いことをしていないのになんだか暗い気持ちになりながらお茶を飲むことになるのだった。
私に何か隙があるのかしら?
そう思ってカチッとした身なりを心がけていたが、それでもこのパターンは変わらない。
もう、特に私のせいではないと半ば諦めと共に好きなカフェライフを続けてきた。
今夜もこのパターンかしら?
そう思う自分がなんとなく自惚れているようで嫌な気持ちになる。
しかし今夜は街があまりにも綺麗に見えすぎた。
イルミネーションに彩られた賑やかな街。
ここ数年、クリスマスの習慣が薄れた街の風景。
年中行事だけがいたずらに増え、各イベントも流れに組み込まれた一つとして消費されていくだけ。
年々、それらを味わう習慣は人々の中から薄れていった。
クリスマスも同様で、ウキウキした華やかさをなくした街には年末特有の慌ただしさとそれに続く年の瀬の寂しさだけが残された。
今年は冬ドラマでクリスマスを題材にしたドラマが大ヒットしたせいか街のムードも華やいでいる。
ーーやっぱりクリスマスは華やかで暖かいものよね。
そう一人ごちしながらいつまでもキラキラした街を飽きることなく眺めている。
なんとなく幸せ。
そう感じながら不意に隣の男のことを思い出した。
彼が席についてかれこれ30分。
いつものパターンならとっくに声をかけて来ているはずだ。
ガラスに映った顔をみてしまうと目が合いそうな気がした。
コーヒーを口に運ぶふりをして横顔をそっと盗み見る。
彼も街を見ていた。
その顔は予想に反して穏やかで満ち足りていた。
しかしほんの少しどこかそうしていることに拒否反応を示しているような臆病な影も感じる。
今までの経験の中でどこかに引っ掛かるものがあった。
同じ瞳を私の記憶の中で探す。
ようやく合致する瞳を探り当てた。
ーー少年の瞳だ。
いつも気持ちのどこかに迷いを宿しているあの時期特有の翳りのある瞳。
ジゴロだとばかり思っていた、いや、そう決めつけていた男が少年の瞳をして華やぐ街をじっと見つめている。
意外だと思うと同時にどこかホッとしている自分がいた。
「12月の渋谷ってこんなに綺麗なんですね」
声をかけたのはなんと私だった。
自然に声が出た。
ただそうしたいと思った。
すると彼が
「そうですね。こうしているうちに気がつきました。普段はイルミネーションになど目がいかないものですから」
と答えた。
イルミネーションを見つめていた男が静かに視線をこちらに向ける。
初めて目が合った。
ほっとした瞳が私を見つめていた。
その瞳が、私の中にいくつもの「なぜ?」を灯した。
コーヒーはまだ仄かに温かかった。
To be continue…
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